2015-02

魂のめざめー10

~ 病床に付き添う ~

 死に逝く人たちとかかわり始めた頃、わたしは死をめぐるこの国の文化の異常さにあきれた。
死の床にある病人は、ウソと偽善に囲まれ、親しい語らいを家族や近親者とすることもなかった。
私はただ黙って病人のそばで平静にしているだけでよかった。
それだけで、死にゆく人たちからそばにいてくれるようにと頼まれることが多かった。
私がそばにいると、心が落ち着き安心すると言われた。
そして自分の話を分かってくれるのはあなただけだとも言われた。
病人の家族はパニックに陥り、悲しみや混乱、怒りや苦しみなどを私のところに持ってきたが、私がしたのは彼らに心をひらき続けることだけだった。
病状の変化に対して感情的になったり否定しないように注意した。

 魂のレベルでの体験があったおかげで、病床での役目をはたせたのかもしれない。

 死にゆく人とかかわるようになってすぐに気付いたのは、彼らにとって役立つのは、私の神秘的な能力や体験ではなく、私の魂の存在そのものだった。
死につつある人のそばで本当に心から平静でいることには感染力があるようだ。
私が自我ではなく魂の中に安らいでいるので、そばにいる人の意識が魂の視野の広さに引きつけられ、いつのまにか黙って魂の腕に抱かれるようになっていく。
私はこのプロセスが相手に起きているのを自分でも感じることが多かった。
私が病室に入っていくと、死にかけている人のベッドの周りに人が集まって、それぞれが不安におののいている。

 こうした状況では、ある種の雰囲気を引き出すのが役に立つことを私は学んだ。
「不安がまったくない」という雰囲気をかもし出すようにつとめるのだ。

 つい最近のことだが、わたしは旧知の94歳のお婆さんを見舞った。
トイレで脳梗塞を起こし、身動きできないまま家族に発見されるまで閉じこめられていたのだが、冷たくなりかけた彼女の身体を家族が必死に温めて救急車を呼んで大学付属病院に搬送した。

 ナースセンター横にある病室に入ると、彼女は酸素チューブをつけたまま目を閉じて少し荒い息をしている。
私は彼女の顔に向かって語りかけた。
「もう大丈夫だ。私が来たからね。安心だ」
昏睡状態にあったはずのお婆さんは、私が病室にやってきたことに気づいていた。
身体を少し震わせ、口をわずかに動かした。
「おばあちゃん、大丈夫、頑張らなくていいよ。何も怖くはないからね。おばあちゃん、苦しむことはまったくない。おばあちゃんが私のいうことをちゃんと耳で聞いていることを知っているから、私の言うおりにすればいいよ。」
また、おばあちゃんの身体と口が動いた。
「そのうちにあたたかい光が見えてくる、懐かしい人の姿や顔が見えたら、だいじょうぶ。怖がらないで、光のなかに入っていけばいいんだ。おばあちゃんはどこも痛くないし、苦しくもないからね」
私には昏睡状態のおばあちゃんが聞き耳を立てているのが見えた。
死にゆく人に対して私が耳元にささやく姿は日常の出来事であれば奇異に感じられるだろうが、肉親の死を覚悟した人たちにとってはそうではない。
「おばあちゃんに会えてよかった、ありがとう」

精神分析医のエリザベス・キューブラー・ロス女史は、病院で死んだ人の体験について多くの著作がある。
死期を前にした人びとが体験する五つの段階―否定、怒り、交渉、絶望、容認(またはあきらめ)-に関する著作「死ぬ瞬間」は有名だ。

 五つの段階はこの順番通りに起きないかもしれないし、区別がはっきりしない場合もあるが、一般的にこれは正解だ。
死の床にある人の問題を解決してあげようとか、何かを教えよう、またはその状況を変えようと試みたことがあるが、そんな時、この五つの段階に繰り返し直面して苦労した。
私が自分の考える”理想的な死“を相手に押し付けようとしたり、こうでなければならないと執着心を発揮したときには、必ず裏目に出た。

 反対に、相手に愛情をもって接し、何も相手から望まなければ、わたしは彼らにとって安全な避難場所となる。
私が自分自身の考えや感情―悲しみや同情、嫌悪感や恐れーや、相手に反応したくなる誘惑などを自覚して、意識を澄ませていられたときには、魂の静寂をもたらすことができた。
さらに、そこで起きていることはそれでよいのだという感覚も生まれた。
この内面の落ち着きは岩のように堅固だった。
まわりの人たちが自分の恐れをそれにぶつけて試しているのが感じられた。
しかし同時に、自分のなかにある、似たような境地がこの落着きに共感しているようだった。
自我の流れや抵抗のベールの背後には誰もが直感的な知恵をもっているが、その部分が共感しているようだった。

 こうした死の床で人びとの心が開いていくのを見るのは素晴らしい。
それはまるで、苦しみにとらわれている人たちが、やがて暗闇から出てくるのがわかっていて、わたしは陽光の中で彼らを待っていたかのようだ。
それが実現すると、その人たちの精神をおおっていた雲が晴れ、死の重いくびきがはずれる。

 “こんなひどいことが起こるなんて”という感覚が、調和の感覚に取って代わられ、悲しみと肉体的な苦痛によって調和が深められる。
信じられないかもしれないが、絶望的な苦しみが死を目前にして喜びに変わるのを私は目撃したことがある。
悲惨な死を前にしたら、そんなことは不可能だと言っていた人たちが、心を開いて、通常の執着心を超えた境地に安らぐことを学んだら、そうなった。
こうした変化を目の当たりに見ると、奇跡に思える。

 死につつある人のそばにいるとき、私たちは死との間に距離をおこうとする自分の微妙な態度に注意しなければならない。
こうした分離は苦しんでいる人にとって罠となる。
死に対する自身の恐怖から自分を守るために、死につつある人を”他者”と見て、相手との間に安全な距離を設けようとする衝動がしばしば生まれる。
相手も自分も仮の肉体に宿る魂なのだと自覚して相手との区別をなくすと、真理が病室に入ってくるための道ができ、死につつある人と共に至福の境地を味わう可能性が生まれる。
このことは、ヤコブ病で若くして死んだK君のときに、実感したことだ。

 死につつある人の多くは、意識の入り口が狭められて肉体だけになってしまう。
不安が強かったり苦痛が激しかったりするために、自分がガン患者であるとか、心臓が悪いとか、肝臓障害があるということに朝から晩まで心を奪われ、それしか考えられない。

 家族や看護人も病状だけに目を奪われる傾向に陥ることが多く、死につつある人がどんな人間なのかに関心がなくなってしまう。
これは非常に残念な傾向であり、死につつある人の病気が本人の人間性よりも重要になってしまって、本当に気の毒だ。
こうした狭い観点に陥らないようにすることが重要だ。
死につつある人は、病床に横たわる以上の存在であり、肉体以上の存在なのだ。
相手にその思いが伝われば伝わるほど、そして相手に死がやってきたときに、そのことを覚えていられればいられるほど、それだけ苦しみが減るだろう。

 死につつある人が魂であるということを認識すればするほど、まわりが病気に関心を集中させて患者の意識を残さないでおこうとする方向に進んでいくときであっても、最後まで意識をはっきりと残しておくことができる。

 大勢の死にゆく人びとの最後を看取った、前出の精神科医、エリザベス・キューブラ・ロスの著作から引用しよう。

『以前、死に関する合宿を開いたことがある。これには大勢の人が参加した。
ある朝、三人の子をもつ三十八歳になる看護婦で転移ガンをもつ女性が、参加者に心理テストをした。
ガンの手術をした後で彼女を病室に見舞う場面を想像して、自分がどのように感じるかを書きだすように指示し、出てきた答えを黒板に書きだした。
答えのなかには、誰もが考える「かわいそう」や「かなしい」のほかに、「神様に腹が立つ」というようなものも混じっていた。

 答えを全部書き終わった後で、そこに書き出された感情は確かに彼女の見舞客たちが感じたものと同じだと認めてから、彼女はこう言った。
「私がどんなに孤独だったかがこれでお分かりでしょう? みんな、私の病状に反応するのに忙しくて、誰も私のことをちゃんと見ていなかったんです」』

 役割というのはどれもそうだが、”死につつある人“という役もその人の全体を含むだけの余裕はない。

 前のブログに書いた、余命一週間と医師から宣告されながら七か月間闘病した後に死を受け入れて、自分の葬儀で私に弔辞を読むことを依頼したNさんと交わした会話で、今回のブログを終了しよう。

(Nさん)「社長(当時の私は会社を経営していたので)、わたしはこの病気で死ぬことを受け入れました。
娘と一緒に葬儀の手はずも整えましたし、好きなカサブランカの花と一緒に写真も撮りました。
社長には言葉に尽くせないほど感謝しています。社長に最後のお願いがあるんですが、いいでしょうか?
私の死を少し早めていただけませんか?」

私は彼女の言葉にびっくりした。
私はちょっと考えてから、こう答えた。
「今のあなたは四六時中死ぬ準備に忙しすぎたんですね。一時間のうち十分ほど死ぬことにして、残りの時間はほかのことをしてみませんか」
Nさんは私の言わんとすることを理解して、微笑んだ。
その後、二人で瞑想をし、瞑想の中で周囲の音に耳を傾けた。
看護婦が廊下を歩く音、窓の外に居るらしい子供たちの話し声、病室におかれた目覚まし時計の音、病院の上を飛んでいく飛行機の騒音などを聞き、顔に触れるそよ風や窓から差し込む柔らかな陽光を感じ取った。

 一緒に〈今この瞬間〉に意識を向けた結果、死のドラマは色あせてしまった。
その時、私たちがただ生きていたことに突然、気づいた。
何の役割も決め事もなく、二つの魂が一緒に安らいでいた。
まるで時間が止まったようだ。
また、しばらく話してから私は病室を後にした。a0960_006111
それから十日あまり、Nさんは家族と私に見守られて、安らかに息を引き取った。

 死は私たちにとって最大の難関であると同時に、魂として成長する絶好の機会でもある。
意識的に生きる努力をし、自我ではなく自然に従うことによって、私たちはこの最後の旅に備えることができる。
そうすれば、私たちは肉体の死を超えて魂の旅における次の段階に目を向けることになり、それがほかの者への手本となり、自分自身の最良の友となるだろう。

2015-02-28 | Posted in 魂のめざめNo Comments » 

 

魂のめざめ-11(最終回)

~ 私たちの本質 ~

身体に快適なものはすべてそろっていますね。それで幸せですか?

先進国に共通する物質主義が、私たちが気づかないうちに社会を席巻し、私たちの内側の領域まで浸食しようとしている。
ここでいう物質主義とは、「現実とは五感で感じることができるものに限られる」という概念を指す。
目で見たり匂いをかいだり舌で味わったり耳で聞いたり身体で触れたり実験室で計測したりできないものは存在せず、空想にすぎないと断定するのが物質主義である。

 非物質的現象は宗教の領域では認められているが、日常生活の現実は魂の次元からはほとんど切り離されている。
私たちは科学を最終結論として使い、何が現実で何が非現実かの判断基準としている。
精神性の高い文化では、知性を超えた次元に存在する現象を知性が評価できないことは常識だが、私たちの文化では五感でとらえられない現実が存在する可能性を無視する傾向にある。

科学の目を通してのみ現実を求めることは、闇夜に鍵をなくした酔っ払いが、明るい街灯のまわりしか見えないと言ってそこしか探さないのと同じことだ。

 この宇宙は物質とエネルギーからなると科学は教える。
チベット仏教の僧ならばそれに疑問を呈するだろう。
彼らは、この宇宙は物質とエネルギーと意識から成るという。
自分やまわりの人間たちの意識が存在することを毎日体験していながら、どうしてこれを否定することができるだろうか。
肉体、つまり物質が機能しなくなったからといって、意識までなくなったと
どうして結論できるのか。
物質やエネルギーは消滅しない。
お互いに形を変えるだけだ。
意識も消滅しないことを私は知っている。

 人が見たり聞いたり味わったり触れたりできないものは存在しないという考え方は、私たちの生活に大きな影響を与えているが、なかでも一番重要なのは、誕生から成人、老化、死へと続く人生のサイクルに関することだ。
五感のみを信じて生きている人にとっては、死は当然ながら旅路の最終地点となる。
肉体の死後は何も存在しないと彼らは言う。
信仰をもっている人は、この世とは別の次元が存在するかもしれないと思っている。
現在の行為が死後に影響を与える可能性は認めているが、死後の世界の存在を確信しているわけではなく、この世の生活をどう見るかという点で、それから直接的に影響を受けることはない。

 こうした物質主義的な考え方によると、私たちは個々別々の有限の存在で、刻々と変化する事象の世界で消滅の時を待ちながら生きていることになる。

 そんなわけで、この社会において死やその友人である病気と老化が極度に恐れられ誤解されてきたのもうなずける。
けれどもこうした考え方がいかに私たちに影響を与えてきたかに気づいて心を開きはじめると、既成の枠からはずれた思考が可能になり、老化現象を見る目がまったく変わってくる。

 インドという国は現在でも多くの問題を抱えている。
公衆衛生や市民権、カースト制度、経済問題、パキスタンとの領土問題など、きりがない。
確かに問題の多い国ではあるが、それにもかかわらず、インドには古来の精神文化が脈々と流れており、老化や死に関する洞察から、私たちは多くを学ぶことができる。

 ヒンズー教では一人の人間の一生よりも大きな視点から人生をとらえる。
インド文化では、魂というものが死後も生き続けるという考えが一般に受け入れられている。
魂は、神であり覚醒意識であるアートマンに還ることを切望すると信じられている。
宗教や宗派が異なっていても、インド人にとって、人間の一生のこうした非物質的で非肉体的な側面は肉体や精神と同じくらい現実味のあるものだ。
したがって死は旅の最終地点ではなく移行地点に過ぎない。
肉体をもった人生は、魂が自己実現に向かう旅における一つの段階に過ぎない。

 こうした考え方はもちろん両刃の剣となって、この世のことに無関心になる傾向を生む。
インド社会の病理を一瞥しただけでも、死後の世界を重視しすぎて現世や生存を軽視することがいかに危険かを教えられる。
しかしつねに魂の次元を意識して生きることは、私たちの社会の人びとがむなしく追い求める二つのもの、“今すべてを手に入れること”と、“若さを含めた過去への執着”から生じるストレスを減らしてくれる。
永続するものを重視するので、自然の流れに逆らう苦しみから解放される。
しかもインドの老人にとって人生目標は、ほっそりした身体や高額の年金などではなく、神が目標なので、波乱の壮年期の後に平和を享受できる。
これは、この国やアメリカなどの先進国ではあまり目にしない。

 多くの人は自分が持っているものを失うのではないかと心配しながら生きている。
老年期は物質的なものから誰も奪うことのできないものに方向転換するチャンスでもある。
私たちの持つ知恵とまわりの人たちへの愛情がそれだ。
しかし精神的な基盤がない文化ではその機会が失われている。
インド人にとって精神の自由を象徴する老年期が、多くの日本人やアメリカ人にとっては、喪失の時期となっている。

 物質主義的な社会では、肉体の若さと長寿が最も重要になる。
医療技術が発達したおかげで、二十世紀だけでも平均寿命が二十五年も延びた。
今世紀でどのくらい延びるかは想像もつかない。
私たちが肉体でしかないと信じるなら、肉体をできるだけ生きながらえさせるのが最終目標となり理想となる。

 神話の時代よりも人びとが長生きするようになると、現代の老人たちは自分たちの生き方を語ってくれる神話を見つけられない。
現実的にも、比喩的にも、社会の中で自分の居場所がなくなる。
それでも肉体をできるだけ長く生かしておこうとする執拗な熱意が存在する。
これで思い出したのは昔テレビで見た、世界最年長のフランス人女性の言葉だ。
誕生日に何を将来期待するかと訊かれて、「ごく短い将来」と答えていた。

 こうしたことはいまに始まったことではない。
古くから多くの文化圏で人びとは若さの泉を発見することを夢想し、不老長寿の秘薬を求めた。
私は長寿そのものを批判しているのではない。

 長寿は精神修養をする素晴らしいチャンスだ。
魂が進化するために必要な資質を養うのに、長寿の人生は最高のものだ。
しかし老化に関する自分の態度を吟味する場合に、二つのことが必要だ。
一つは、自分のことを脳に支配された、精神をもつ肉体にすぎないと信じているかどうかという基本的な問題であり、
もう一つは、「これで十分満足だ!ということがありえるのか」と、自分に問うことだ。

 主に肉体面と心理面に目を向けている社会では、なんでも多いほうがよいように思える。
より多くの時間、より健康な体、より多くの経験、より多くの所有物。
何でも多いほうが本当によいのか、これで十分だという時点があるのだとしたら、それはいつなのかを検討してみる必要がある。

存在の三段階
 自我の領域には、ふだん私たちが心理的にも肉体的にも”自分“として体験するもののすべてが含まれる。
肉体、個性、人気、評判、所有物、感情、さらにこの世で生きていくのに必要な考え方などである。

 ”自我“とは、哲学者デカルトの有名な言葉を借りれば、〈我思う。故にわれあり〉の”我“から成り、ある年齢の肉体と精神を指し、独自の好みや欲望や意見をもっている。
自我が外を眺めるとき、そこに見えるのは他の自我だけであり、五感に根差した個々別々の生き物である。
科学で説明のつくことだけを操作システムとして使い、脳というコンピューターがその唯一の伝達方法である。

 しかし、 “自我”は大きな覚醒意識の海原に浮かぶちっぽけな存在に過ぎない。
“自我”を超えたところに“魂”がある。
“魂”は学ぶためにここにおり、老化を含むあらゆる自然の変化は格好の学習材料だ。
しかし何のために私たちはこうした学習をしているのだろうか。
もちろん将来のためだ。
現在と未来に安らかな心、平安を得るためだ。

 私がこれから言おうとすることは誰も聞きたがらないことかもしれないが、敢えてここで率直に言おう。
“魂”は死を超えて生き、人は生まれ変わる。
私はそれを信じているのではなく、知っている。
私たちが学ぶのは、やがていつかブッダ(覚者)になるためであり、“大いなる意識(宇宙)”と一つになるためである。
六十年か八十年そこら地上に生きて、最後は消滅してしまうだけというのは腑に落ちない。
もしそうなら、この宇宙に存在する物でこれほど非効率なものはほかにない。
私たちが生きているのは学ぶためである。
そうでなければ、私たちの苦難や苦悩はまったく無意味である。
自我にとっては、老年期までに私たちが達した社会的地位や役割が人生の成就になるが、“魂”にとっては学んだことが成就になる。

 自分というイメージを拡大して“魂”までを含むようにすると、意識のあり方に明らかな変化が起こる。
自己中心的な小さな自分から解放されて、もっと大きな空間の中で自分をとらえられる。
“魂”のレベルに立つと、外側から “自我”を眺めることができる。
そうなると、人は自分の肉体や精神をまったく予期しなかった新しい観点から見るようになる。
それはまるで“自己”を押さえていたふたがやっと取れて、初めて戸外に出て、まわりの景色を眺め、本当の自分(魂から見た自分)と肉体や精神のレベルで味わう苦悩との間に適切な距離を置くことができた、そんな感じだ。
こうした修練を積み重ねていくと、“自分が魂だ”と自覚できて、人は驚くほどの癒しを体験する。

 けれども波が海そのものではないのと同じように、“魂”は意識のすべてではない。
“魂”を超えたレベルには、“存在の基礎”そのものがあり、私はそれを“覚醒意識”と呼んでいる。

 “覚醒意識”は自我の構造の中に閉じ込められている。
“魂”と“自我”は“覚醒意識”の内側に収められているが、“覚醒意識”そのものには外側に境界線がなく、永遠かつ無限である。
あらゆるものを含むこの領域を描写する言葉はさまざまだ。
神、形なきもの、無名なるもの、大いなるものなど、数多くあるが、私はそれを“大いなる意識”と呼んでいる。

(心理学者のユングの言う元型の自己〈セルフ・意識と無意識を含めた全体の中心〉の概念と重なるのだが、ここではそのことを解説しない。また、このブログ内で私が使用している自己という言葉は、ユング心理学のいう自己とは違っているので誤解しないように願いたい。)

 “自我”と“魂”が“覚醒意識”からは切っても切り離せない部分であるのと同じように、“覚醒意識”は私たちの本質そのものである。

 しかし、“自我にとって自己から”覚醒意識“へ飛ぶには距離が遠すぎる。
そのような体験の合一は、詩人たちが歌った神秘体験であり、そこでは孤立した自己は捨て去られ、神の中に溶け込んで私たちの本質へと戻っていく。

 老化や死を体験するのは“自我”だ。
“自我”は永続しないが、“自我”にとってはおのれの死滅を想像することができない。
“自我”が自分は死にかけていると思う時、自分とは肉体と“魂”と“覚醒意識”とを合わせた総合体だと誤解している。
そこで神との合一への長い道のりを歩み始めた人は、ますます死の恐怖に駆られて医者から医者へと駆けずり回る。

 私が言う“大いなる意識=覚醒意識”は、時間と概念を超えたところにある。
これは“存在の基礎・マトリックス(母体)”だ。
“魂”は、小型のビックバンのように、“覚醒意識”から爆発して飛び出す。
“魂”と“覚醒意識”の関係は子供と母親との関係にも似ていて、魂は覚醒意識の透明な光のもとへ還っていきたいと望む。
成長して“神・大いなる存在・覚醒意識”のもとへ還ることが“魂”の旅路といえる。
チベット仏教のゾクチェン修練の中に“覚醒意識”レベルに入るための素晴らしい訓練がある。
空を眺める業(ぎょう)だ。
戸外であおむけに寝そべって空を見上げ、通り過ぎる雲を眺める。
眺めているうちに、まるで頭上の空が自分の覚醒意識の空を映し出しているかのような気になる。
しばらく続けていると、自分が空そのものになり、雲は自分の体や心の中をよぎる現象―欲望、怖れ、イメージ、音、匂いなどすべて­一体になる。
空は通り過ぎる雲には注意を向けない。
雲が流れるにまかせて、ただ大きくそこにある。

 人生に起きてくる苦しみを癒しの道としてとらえ直すために必要なことは、自分はこの肉体と精神以上のものだと知ることだけだ。
“自我”は自分というもののほんの一部に過ぎないと気づくと、人は最初ショックを受ける。
しかし、日常生活の中で魂の意識を体験するようになると、老化に伴う苦痛や不安、喪失感、怒りなどの不快な精神状態が大きく軽減することに気づく。
魂が目覚めてくると、自分の肉体や精神状態から一歩下がって、自分の本質を知恵と壮大な空間の中で見ることができるようになる。
こうした訓練には忍耐心と謙虚な気持ちが必要である。

 私はかれこれ三十年以上もさまざまな修養をおりにふれて実践してきたが、毎日のように古い思考パターンについ後戻りしてしまう。
それでも、より大きな自己の可能性に目を向けていようとする態度があれば、人生に起きてくる困難や苦しみのプロセスを“魂”の成長の機会に変えることができる。

最後に魂に気づくことの秘訣を一つ、公開しておこう。
それは、美しさにふれること。
特別の絵や音楽を鑑賞することもわるくはないが、ふだんの生活の場面に不意に現れる小さな光のようなもの、そこに見た“在るように在るもの”に耳を澄ませることだ。
そうすれば、“あるようにあれば、ものみな美しい”ことに気づくだろう。a1750_000034

2015-02-27 | Posted in 魂のめざめNo Comments » 

 

妄想奇譚 その一

myself001このブログは、ようやく人生の帳が降りることを自覚し始めた独居老人の戯言(たわごと)である。

これから書き連ねていく物語は、常識や世間体に染まっている人には解読不能な出来事であり、それらのお話は、私の妄想によるでっち上げ!であり、決してノンフィクションとして捉えてはいけません。かといって、時として嘘から誠がほとばしるように、妄想奇譚(もうそうきたん)からリアルを超えた超リアルな世界が現出しないともかぎりません。このブログの読み手は、眉に唾をたっぷりとつけて、私の描く物語に呑み込まれないように、こころして読み進んでいただきたい。

私がわたしとして生まれたのは、今から11年前にさかのぼる。当時、50代初めの私に初孫が生まれたのだ。一人娘に孫娘が生まれたと聞いた時、私はいきなり現実がでんぐりかえって、世界が逆さ向きに、まるで雨どいを音を立てて落下する雨粒のように私めがけて落ち込んできたような感覚にとらわれた。

産院のベッドに眠る孫娘と初めて対面したとき、彼女は小さな手を握り締めたまま眠っていたのだが、横のベッドに眠る出産を終えたばかりの娘が寝返りを打つと同時に、孫娘の目が一瞬、パックリと開いた。その刹那、赤ん坊を覗き込む私が体外から離れて病室の天井付近に漂い始めたのだ。え~?いったい何が起きたんだ!。風船のようにフラフラと浮かびながら私が孫娘を見下ろすと、孫娘が〈うすらぼんやり〉とした眼差し〉で私を見ている。これまでの人生の途上で重ねた虚飾や、都合のいい自己像が、孫娘の〈うすらぼんやりとした眼差し〉によって、串刺しに射抜かれてしまったのだ.。その時以来、生まれたばかりの孫娘に、それまで後生大事にしてきた私のすべてが、グルリ~ンとひっくり返されてしまった。そこで、私は〈私〉を辞めて(それまでの私自身に辞表を提出して)、新たな〈わたし〉として生きなおすことになったのだ。生まれたばかりの赤ん坊にわたしが産み出されて以来、それまでの人生では見えなかった風景が垣間見えるようになったので、これまでよりはるかに楽しく毎日を送れるようになった。

いまでは、わたしは三人の孫のジジィである。そんなに遠くない日に、ところてんや寒天のように、ニュルっと〈孫の成長〉という突出し棒で押されて、人生を終えるだろう。金沢に住みながら、金沢市内に単身赴任?(十数年前の夜、タバコを買いに近所のコンビニに出かけて以来、自宅に戻っていない)したまま還暦を過ぎてしまった。「老人破産」というNHKの特別番組を見ているうちに、あ~わたしは「老人破たん」だなぁ~とひとりつぶやきながら、老人としての清く正しい!生き方ができない自分を笑った。

このような〈わたし〉でも、人様に誇れる才能がたった一つだけ有ると自負している。それは、果てしなく妄想を膨らませて物語をねつ造する能力だ。常識と非常識の境界線に揺らめき立ちながら、逆立ちして見える景色を色彩のある世界に塗り替える力技、メチエである。あの世とこの世を往還しながら、魂が紡ぎだす物語に誰よりも感応してじっと耳を澄ませることができる、聞く力だ。

次回から、始まる「妄想奇譚」に、ご期待ください、ね。

2015-02-20 | Posted in 金沢妄想奇譚No Comments » 

 

妄想奇譚ー2

物語は、わたしが日課のようにして訪れていたミスドの喫煙室で突然に始まった。

いつものように、窓際の喫煙室に座り、タバコを吸いながらアメリカンコーヒーをゆっくりとすするように飲んでいたら、わたしの斜め前のテーブルに座った二人のご婦人の会話が、耳に飛び込んできたのだ。鼻でもなく、目でもなく、左耳に会話がストンと落ちてきた。わたしは、同年輩であろうご婦人の話に聞き耳など立てる趣味はない。むしろ、これまでの経験から言って、ご婦人方の会話を聞かないほうが良かった!と思うケースが多々あったので、これまでは、こころもち耳をふさぐように、あるいは自分の世界に没頭して、会話を遠ざけてきた。

しかし、その時のご婦人の会話が不意にわたしに落ちてきてしまったのだ。わたしは、いつものように村上春樹の短編集「象の消滅」の英訳バージョン「THE  ELEPHANT  Vanishes」を読もうとミスドにやってきたのだが、一服目の煙草が半分も吸い終わらないうちに、二人のご婦人の会話が、はじめはスルスルと耳に落ち始めて、やがてコーヒーをすするときには、ストンと落ちてゆくのを阻止できなかったのだ。まことに不覚としか言いようがない。

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短編集「THE  ELEPHANT  Vanishes(象の消滅)」の中でもわたしが好きな物語は、「四月のある晴れた朝に 100%の女の子に出会うことについて」というとても短いお話だ。

村上春樹の小説は、日常生活の延長線上にさまざまな椿事(ちんじ)がごくあたりまえに起きて、読み込むうちに、日常と非日常の境界線を知らないうちに踏み越えてしまう、あるいはその境界線がふいに消失してしまう世界に導いてゆく。読みながら、ときおり眼差しを意識的に何かに向けない限り、ごくあたりまえの周りの風景が異界の景色に見えてしまう、そんな世界かもしれない。

日本語で読んだ作品を英訳(英語)で読み直すと、それまで隠れていた通奏低音(つうそうていおん)が聞こえてくるときがある。わたしは日本語のネイティブなので、日本語の表記に対して、どうしても慣れ親しんだイメージが付きまとうので、物語を予定調和的に理解する傾向があることに気づいていた。もし作家が、新感覚派の川端康成や横光利一であれば、彼らの駆使する印象的な語り口に黙って酔えばよいのだが、村上春樹の作品はそうはいかない。ひとつの物語に重層的に物語が幾重にも違った糸で織りこまれているので、これまでの小説家とは次元が違う!のだと思っている。

短編「四月のある晴れた朝に 100%の女の子に出会うことについて」のタイトルは、英文では「On seeing the perfect girl one beautiful April morning」である。100%の女の子=the perfect girl と訳されている。物語の作者と英訳者、そして読み手のわたし。三位一体となれば、西洋錬金術よろしく物語の「変容」が化学反応のように起きるかもしれない。村上春樹の小説の舞台のように、読み手のわたしも「日常と非日常」あるいは、「現世と異界」をめぐる世界にさまよえるかも知れない。

昨日からの続きを読もうと、ページを目で追いかけた時に、紫色のカーディガンを羽織った女性と赤いふちの眼鏡を掛けた女性の会話が、まるでオムスビころりんの昔話のように、わたしの左耳にストーンと落ちてきたのだ。

 

2015-02-19 | Posted in 金沢妄想奇譚No Comments » 

 

「妄想奇譚」-3

「あの女には常識がないの、とんでもない非常識な人よ・・・」

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薄い紫色のカーディガンを羽織った中年のご婦人がそう言うと、テーブルの向い側に座った紅いフレームメガネの友人らしきご婦人が、タバコに火をつけながらため息を漏らすように相槌を打ちました。

「年代で言えば、私達の娘世代ね。物腰も柔らかいし、おまけに、とびきりの美人だわ・・・」紅いメガネのご婦人がそう言うと、「ねえ、あなた、あの女はなんのためらいもなく私に頼み事をしてきたのよ。非常識の範囲を超えていると思わない」紫のカーディガンの女性がそう言うと、「もちろんよ、信じられないぐらい非常識な娘よ。美人だからって話は別よ」紅いメガネの女が言いました。「あの女のことを思い出すたびに、わたし、吐き気をもよおすの」

 

え?吐き気ねえ~ご婦人方の娘の年だというのなら、たぶん30代前、それとも20代半ば? 二人の会話がわたしの耳朶に絡んで、やがて、まるで丸いドーナツが車輪のように立ったまま、耳の奥に通じる螺旋階段に回転しながら落ちて行きました。~とびきりの美人で物腰が柔らかい、そして非常識な頼みごと?紫のご婦人が吐き気をもよおすほどの嫌悪感?~謎は深まるばかりだ。いったん、謎を掛けられてしまうとなかなかめんどうだ。すぐれた小説は読者に謎をかけて読了させる。金沢21世紀美術館も各展示物に芸術性はないが、内容の無さを“謎かけ”で魅了する。謎が謎を呼んで、わけのわからないままに現代アートを理解しようと人々が世評に釣られて館内を徘徊するのだが、プールの底から見上げる景色にパースペクティブの転換を求められても、実は困惑するばかり。しかし、金沢21世紀美術館で、わたしは吐き気を覚えたことがない~。う~む、物腰が柔らかい?とびきりの美人!非常識の範囲を超える頼み事って?なんだか、不条理な匂いがしてきたぞ。あ~不条理といえば、アルベール・カミューの小説「異邦人」、まてよ、そうだ!彼の友人の哲学者、サルトルだ。サルトルの小説「嘔吐(おうと)」だ。

 

「それで、旦那の身体は大丈夫なの?首が痛いとか、肩が張るとか、いろいろあるでしょう?」紅いメガネのご婦人が、メガネをちょっと鼻にずらし気味にして尋ねました。「なんともないわよ。大した事故じゃないし、もともと頑丈にできているから大丈夫」そう答えながら、紫のカーディガンのご婦人はドーナツをつまみました。「ねえ、旦那が被害者なの?それとも加害者かしら」紅いご婦人がそう言うと、紫のご婦人が「私が被害者よ。うちの人が信号待ちで停車していたんだけど、何を思ったのか、いきなりバックして、後ろにいたあの非常識女の車にぶつかったのよ。それを隠して夫は、~追突されたけど、相手が同じ会社の若い子でね~、なんて私に嘘をついて、挙句の果てにあの非常識な小娘が何を思ったのか私を訪ねてきて、あんな非常識なことを頼んできたのよ」「旦那が車を逆走させて前からオカマを掘ったのね!」紅いご婦人がそう言うと、紫のご婦人は笑いながら、「バカバカしい話でしょ。ギアを入れ間違えたのかなんだか知らないけど、バックして追突したのはうちの人。だから加害者よ」

 

話がずいぶんと入り組んできたようだ。二人の会話を漏れ聞けば聞くほど、わたしは謎をかけられ、湧き上がる妄想が気体化してヘリウムガスになり、私のゴム頭を充填し始めた。本当は事故の加害者の夫がすぐにバレる嘘を奥さんについて、自分は被害者だと話し、同じ会社のまれに見る若い美女が加害者だと説明した。奥さんは自分の旦那が加害者であることをすでに知っている、にもかかわらず、被害者の娘のような年代の女が何事かを奥さんに頼み込んで、そのことに奥さんは、吐き気をもよおすぐらいに憤り、友人らしき紅いフレームの友人らしきご婦人にその憤懣やるかたない気持ちを吐露している。

 

カミュの小説「異邦人」を要約すると次のようになる。

「アルジェリアのアルジェに暮らす主人公ムルソーのもとに、母の死を知らせる電報が養老院から届く。母の葬式のために養老院を訪れたムルソーは涙を流すどころか、特に感情を示さなかった。葬式の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけるなど普段と変わらない生活を送るが、ある日、友人レエモンのトラブルに巻き込まれアラブ人を射殺してしまう。ムルソーは逮捕され、裁判にかけられることになった。裁判では母親が死んでからの普段と変わらない行動を問題視され、人間味のかけらもない冷酷な人間であると糾弾される。裁判の最後では殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と述べた。死刑を宣告されたムルソーは、懺悔を促す司祭を監獄から追い出し、死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にする」通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、理性や人間性の不合理を追求したカミュの代表作だ。

 

わたしの妄想は、ヘリウムガスが充填されたばかりの風船のように膨らむばかりだ。生まれついての空気頭は今でも健在だった。還暦を過ぎても、一人娘に三人の孫が生まれても、日がな一日、ミスドでおかわり自由のコーヒを飲みながら、タバコをくわえて、英訳された村上春樹の小説を、電子辞書を片手に読みふけっている。もし、正しい老後の生活や、孫に好かれる老人のあり方が有ったとしても、わたしには随分と遠い世界の絵空事に見える。妄想が暴力のように連鎖して、さらなる妄想を掻き立てる。品の良さそうな二人のご婦人の会話が、(それまで女同士の会話は、宇宙の果てに住んでいる異星人のご挨拶にすぎないと遮断機を下ろして通りすぎるのを待つだけだった)なんの前触れもなく、わたしの耳から空気頭に飛び込んできたのだ。異邦人の主人公、ムルソーならぬわたしは、この不条理な気持ちを、実は楽しんでもいるのだ。

そうだ、ジャン・ポール・サルトルを忘れてはいけない。実存主義の騎手と目された彼の哲学は、今では評価が落ちた。そんなことはどうだっていい!彼の書いた小説「嘔吐」を読んだのは、今から四十数年前の高校生の時だった。三島由紀夫が割腹自殺する一年前のことだ。~妄想の連鎖が密教坊主の数珠のように無意味に連鎖して止まらない~

 

次回の「妄想奇譚」が、フランスの実存主義哲学者、サルトルの小説から始まることを予告して終了しよう。

2015-02-18 | Posted in 金沢妄想奇譚No Comments » 

 

妄想奇譚-4

Some of these days(いつか近いうちに)

まずは、ジャン・ポール・サルトルなる人物の思想(実存主義哲学)を簡単に述べておこう。わたしのように60才を過ぎた年齢の者にとって、実存主義という言葉と、サルトルやその生涯の伴侶ともいえるボーボワール女史の名前は、青春時代に一度ならず耳にしたことがあるはずだ。わたしより幾ばくか上の世代の知的好奇心が旺盛な学生にとっては、サルトルはまるで神のように崇められたし、実存主義ファッションなる現象も世間に流布したくらいである。しかし、現在ではサルトルも実存主義哲学も関心を引くことがない。このブログでサルトルの小説「嘔吐(おうと)」(正しい訳語は、”吐き気”なのだが)を取り上げるにあたって、現代の若者にもサルトルの思想の一端を紹介しておかねば、と、思ったのだ。

サルトルは実存主義という思想を唱え、自由の意味を追求したフランスの哲学者・小説家だ。彼の「実存は本質に先立つ」という言葉は、つとに有名である。実存が本質に先立つ人間は、何ものによっても決定されず、どんなことでも許されていると考えた。しかし、同時に、自由であるという事は己の行為についての一切の責任が自分にあるという事でもある。サルトルは人間の自由を主張しながら、同時に「人間は自由の刑に処せられている」と述べた。

言いかえれば、人間は自由であるがゆえに不安から逃れることができない存在でもあるのだ。

人間は自由であるよりも、むしろ自由にしか存在することができない、というのだ。人間は、自由であることの不安を軽くするために、決まりごとを沢山作り、それらがまるで当然のことのように素知らぬ顔をしてふるまうことができる。さらには、自らの判断と責任においてルールを選択もする。そのような営為のすべてが、その人そのものであり、自らを創るということだとサルトルは考えた。また人間は、自分の人生や行動に何かの意味があると思い、至高の瞬間を求めて生きているのだが、しかし、もともとそんなものは“無い”のだ。

存在そのものに意味がなく、偶然の産物でしかない。そして人間は、この無意味で偶然的な実存から決して逃れられない。何をしても無意味なのに、何かをしなくてはならない。サルトルの実存主義哲学の凄さは、それを知った上で、「アンガージュマン」(engagement)を唱えたことにある。 

アンガージュマンとは、積極的関わりを意味する言葉だが、自分に課せられた状況を立ちはだかる壁と感じて立ち止まるのではなく、むしろその状況に積極的に関わりを持って、乗り越えていく態度のことを指している。

~む、「妄想奇譚」が、とんでもない方向に横滑りし始めたなぁ~(笑)。いつものように近くのミスドでタバコをくゆらせながら、英語版の村上春樹の小説を読んでいたら、斜め前のテーブルに座った二人のご婦人の会話がわたしの空気頭にヘリウムガスのように充満して、首から上がフウセンのようにフワフワと舞い上がり始めたのだ。紫色のカーディガンを羽織ったご婦人の「吐き気がするわ」という言葉がきっかけになって、妄想風船がジャン・ポール・サルトルの小説「嘔吐」へと横滑りしたのだ。40年以上も前に読みふけった哲学書の概説を還暦を過ぎて、おぼろげな記憶で語ろうなんて、世も末に違いない。サルトルや実存主義に興味を持たれた方がいたら、いきなり哲学書に挑戦するのではなく、先のブログで紹介したカミュの小説「異邦人」を先ずは読んでください。そのうえで、サルトルの「嘔吐」を読んでから、実存主義哲学の入門書を紐解いていただきたい。

小説「嘔吐」の主人公は30歳で独身の旅行家兼歴史研究者、アントワーヌ・ロカンタンという赤毛の男だ。歴史学者と言ってもロ

150116_1610ルボンという策謀にたけた外交官兼政治家の生涯を探りだす仕事にたずさわっている文学的な歴史家である。ロカンタンは、ホテルで一人暮らしをしているが、物語は彼の日記形式で綴られていく。
ある日、ロカンタンは自分の中で起こっている異変に気づき始める。海岸で何げなく拾った小石や、カフェの給仕のサスペンダーを見て吐き気がしたり、ついには自分の手を見ても吐き気がするようになってしまうのだ。そして、公園のベンチに座って目の前のマロニエの木の根を見た時、激しい吐き気に襲われ、それが、“ものがそこにあるということ”自体が引き起こすものだと気がつく。

つまり、この吐き気は“実存に対する反応”だったのだ。(実存とは、独自な存在者として自己の存在に関心をもちつつ存在する人間の主体的なあり方を指す)やがて、ロカンタンは、思考と言葉が乖離(かいり)して、支離滅裂な状態を繰り返し、意識が朦朧としていく。そして彼は、物がただ物として、自分がただ自分として存在しているにすぎないと悟ったのだ。誰の意識の中にもロカンタンなどという人物は存在しないという事を初めて、認識したのだ。こうしてロカンタンは、実存(自覚的存在)が、単なる抽象的な概念に過ぎないと気づいた時から永遠に反復される“吐き気”に苛まれるようになったのだ。 現実の感覚が薄れて混乱することで、実存の上に意味を与えられた物が、ある時を境にして、まったく別の物になったような違和感を覚え、“吐き気”をもよおして、ロカンタンの日常生活が崩壊したのだ。

小説、「嘔吐」で登場するシーンで有名なのはなんといっても「マロニエの木(栗の木)」だが、もう一つ、主人公がカフェで「Some of these days」という実在するジャズの曲のレコードを聴くシーンも、印象深い。

私はウェイトレスを呼ぶ。「マドレーヌ、お願いだからレコードで、一曲かけてくれないか。ぼくの好きなやつを。ほら、Some of these days(いつか近いうちに)だよ」

  Some of these days You’ll miss me honey (いつか近いうちに、いとしい人よ私の不在を寂しく思うでしょう)

 いったい何が起こったのか。〈吐き気〉が消えたのだ。 

(「嘔吐」 鈴木道彦訳、人文書院より引用)

 

 

2015-02-17 | Posted in 金沢妄想奇譚No Comments » 

 

妄想奇譚-5

~不思議と奇妙には近づかないのが一番~

スドの喫煙室でおかわりフリーのコーヒーを飲みながら、村上春樹の短篇集、「象の消滅」の英訳版を読んでいたら、近くのテーブルに座った二人のご婦人の会話が、私の耳に絡みついて、不意に二人の話が私の耳の奥にストンと落ちてきてしまった。

ご婦人方の会話に頻出した「吐き気」や「非常識」という単語が私の妄想癖を刺激したのか、イメージが飛んで、カミュの小説「異邦人」に、さらに実存主義哲学者のジャン・ポール・サルトルの小説「嘔吐」へと連なってしまった。
妄想の連鎖に歯止めをかけねばと思い直して、ご婦人の会話に注意を向けると、いきなりチューニングがヒットしたゲルマニュームラジオのように、二人の会話が私の耳に鮮明に飛び込んできた。

「あの女は常識を欠きすぎて、何が常識で非常識なのか見分けのつかないのよ」、「まるで、クイーンオブ非常識ねぇ~」、「娘のような年の女が、言うに事欠いて・・・あんな頼み事を私にするなんて・・」、「怖いわぁ~、とびきりの美人で、物腰が柔らかくて丁寧な話しぶりなんだもの、話の内容なんかどうでも、男なら聞く前に何だって承諾してしまいそうになるでしょうね」、「うちの旦那が私に事故の被害者を装いながら、実は赤信号で停車していた車をバックさせて、後ろで停車していたあの女の車に逆オカマよ。加害者が被害者を装って、今度はその被害者の若い娘が私の加害者になろうとしているなんて、許せないわ」。
紫の薄いカーディガンを羽織ったご婦人(以後、紫婦人と呼ぼう)と、紅いフレームのメガネを掛けた友人らしき女性(紅い女と呼ぶ)の会話は、私の耳に落ち続けている。

「ねぇ、あなたに忠告しておくけど、不思議と奇妙には近づかないのが一番よ」。 紅い女が、銀色のジッポのライターで指に挟んだタバコに火をつけようとしながら157_R
言うと、紫婦人は、顔を上気させながら「私はあくまでも常識的に解決したいのよ。常識的にね・・」と、なにやら困惑気味に答えた。

「美人すぎる女には無頓着がよく似合うのよ。あなたも昔は無頓着な人だったでしょ?」紅い女がそう言うと、紫婦人は「あなた、いまさら大昔の話を蒸し返さないでくれる。私の今の問題に関わってちょうだい」と、言い返した。
「それにしても、あなたの旦那様がなぜ?追突されたなんていう嘘をついたのかしら?嘘を突き通して黙ってあの女の車を修理すればよかったものを・・・よりによって女を自宅に呼んで、あなたから直接、車の修理代を彼女に払わせるなんて・・直ぐにバレる嘘には隠された意図があるのかな・・」そう言って、紅い女が左手にタバコを持ちながら、コーヒーを飲もうとした時、紫婦人が「私にヤキモチを焼かせたかったのかしら」と言って、小声で笑った。

 いったい常識と非常識の境界線はどこに在るのだろう。
私と同年輩らしきご婦人の「非常識な頼み事を常識的に解決したい」というフレーズが耳朶(じだ)に絡みついてなかなか落ちていかない。
紫婦人は被害者の位置にいる娘のような歳の“飛び切りの美人”の「非常識な頼み事」の背後に隠された夫の意図に困惑しているのだろうか?

夫が若い美人の部下と不適切な関係にあるかもしれないと紫婦人に匂わせるために、赤信号で停車中の車を故意に逆走させたのか?
そのような夫のやり方に、紫婦人は困惑し、吐きたいほど憤っているのか?
なぜ?修理代を奥さんの紫婦人から直接被害者の女に支払わせることにしたのか?
それとも夫の逆走追突事故には別の目的が有るのだろうか?
私の空気頭は、水の出ない蛇口のようにシューシューと鳴るばかりで、一滴の水も出ない。

非常識といえば、午後から夕方近くまでミスドの喫煙室でおかわりフリーのコーヒーを何杯も飲みながら、英訳された村上春樹の小説をぶつぶつと呟くように読み続けている私の存在自体かもしれない。

私が生まれた昔の温泉町では、非常識も常識も死語だった。
いや、そのような言葉はもちろんあったのだが、意味をなさなかったと言うべきだ。
午後の4時過ぎからネグリジェとパジャマ姿のまま連れ立って往来を歩き、喫茶店でモーニングを注文する連中と、注文を当たり前のように受けるマスターがいた。
「弟だから気にしないでね」、と平気でなじみ客に嘘を言い、芸者が夫を弟に仕立てあげて家から追い払い、客を自宅に招き入れて芸者置屋に内緒で稼いでいる間、男はパチンコ屋で時間をつぶす。
もう50年も前の話だが、住民票のないクラゲのような連中がどこからともなく温泉町に集まり、しばらく居ついては、定住することもなく消えていった。
現在のように、若い女性連れや家族で湯治に温泉街を訪れるような時代ではなかった。
他人の敷地に勝手に旅館を建て増して、後で無理やり安値に叩いて土地を取得した男が出世頭と呼ばれ、売春防止法で検挙されるたびに出頭する役目の副支配人が、阿吽の呼吸で当局に出頭して、また本来の百姓仕事に戻ってくる。
そのような非常識な連中によって、当時の温泉街が潤い、常識派だと自認する町民は彼らを玄人(くろうと)と呼び、自分たちをシロウトと位置づけて蔑視した。
そんなわけで、当然のように現在では温泉町自体がすたれている。
私は洋服店の次男坊として生まれたのだが、一日でも早く町を出たかった。

2015-02-16 | Posted in 金沢妄想奇譚No Comments » 

 

妄想奇譚ー6

夢の世に 落つる赤子は凍てつきて 奈落の庭に 蒼きへそのを

気が付くと、二人のご婦人がミスドから消えていた。
話の結末が見えないまま、私の妄想は未消化な嚥下物のように咽喉あたりにつかえている。
そのおかげで、なんだか言葉がうまく出ない。
非常識な若い女の非常識な頼み事とは一体なんだろう?
紫婦人に嘘をついた夫の秘められた意図とは・・?
車の修理代金を受け取りに来た、紫夫人の娘と同じような年代の追突事故の被害者に、何を頼まれて、紫婦人があんなにも憤っていたのか?
「私に嫉妬させようとしていたのかしら・・」と、テーブルを挟んで前に座っている紅い眼鏡の女に笑いながらそう言った紫婦人の横顔が、疲れきっていた。
ついさっきまで交わされていたご婦人の会話が、印象派の絵画のように陰影を帯び始めて、わたしの脳裏に浮かぼうとするのだが、墨絵のように淡すぎて、イメージがぼやけている。
話の輪郭が見えないまま、果てしない妄想のキャンバスにわたしは一体何を思い描こうとしているのだろうか?
ありがちな想像に従えば、夫と同じ会社の若い女との間に道ならぬ恋のようなものがあって、その精算を試みた結果の逆走追突事故だったのかもしれない、、?
この想像はあまりにも通俗すぎて、わたし自身をげんなりさせるので、却下しよう。
つまらない事実よりも、嘘のような真実がいい。
ナイフのように腐りかけた心を切り裂くようなそんな嘘なら、事実がどうであれ、真実になる資格がある。
人の数だけ物語があるように、それぞれの真実があって、それに見合うだけの嘘が混在する人をわたしは信じる。

ミスドの店員が黙ってコーヒーを注いでいく。
毎日のように午後から夕方近くまで英訳された村上春樹の本をぶつぶつと呟きながら読んでいるうちに、ミスドの店員たちは、わたしの顔と習慣を覚えて、無言のままコーヒーを継ぎ足していくようになった。
わたしのような老人が本を読む姿に、彼らは慣れているのだろうか、彼らにとって、わたしという存在はもはや壁のシミのように自然で、違和感がないのかもしれない。
喫煙室から窓越しに外を見ると、日が陰り始めている。
残ったコーヒーを一気に飲んで帰ろうとした時、不意に失語症になった遠い昔の記憶がわたしによみがえってきた。

わたしがまだ高校生だった17歳の2月のことだった。
まだ残雪が町の裏通りに隠れるようにして積もったままの冬の夜、芸者がホテルの6階の窓から、出産したばかりの赤ん坊を投げ捨てたのだ。
この事件を行きつけの喫茶店のカウンター越しに、芸者仲間とおぼしき女達が笑いながら話すのを聞いた時、わたしは言葉が喉の奥に詰まったまま、一言もでなくなったのだ。
口から漏れるシューという音に、自分自身が驚きながら、なんとか言葉を吐き出そうと懸命になったのだが、アウアウとつぶやくばかりで、吐き出すべき言葉にうまく息が乗らない。
やがて言葉の代わりに、内臓をつらぬくような鮮烈なイメージがとぐろを巻いて現出した。
淡雪(あわゆき)の降る凍てつくような寒い夜の庭に、へそのおをつけたままホテルの6階の窓から投げ捨てられた赤児に、17歳のわたしが憑依してしまったのだ。
若い母親の両手の温かい感触、愛おしそうに見つめる眼差し、そして鬼のように張り詰めた表情。
窓から落下しながら見た淡雪が深々と降る庭の静けさと、冷たさ。
「ほんとに馬鹿な女だわ。馴染みの旦那に惚れて子供を産めば旦那と一緒になれると思って妊娠したら、旦那から子供を堕ろせと言われて、私一人で育てますと啖呵を切ったくせに、お世話になっているホテルのトイレの窓から産んだばかりの赤ちゃんを捨てるなんて、、、ほんとに非常識な女よ」芸者仲間とおぼしき女達の会話が、落下する赤児に絡みつく。

わたしの言葉が出ない限り、赤児となって淡雪の降り続けるホテルの庭に落ち続けろだろう。
母に産み捨てられた赤児がわたしに憑依したのではなく、わたしが赤児に生霊として憑依してしまったのだ。
自ら掛けた呪縛を解いて、わたしの言葉を復活させるために、この時、歌を詠(よ)んだ。
もう、二度と歌を詠まない~という誓いをたてて、白いコースターにシャープペンシルで歌を刻んだ。

~ 夢の世に落つる 赤児は凍てつきて 奈落の庭に蒼きへそのを~

それ以来、わたしは歌(短歌)を詠まない。

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2015-02-15 | Posted in 金沢妄想奇譚No Comments » 

 

金沢妄想奇譚-7

このブログは、わたしの妄想である。

 随筆でもなければ、もちろん小説でもない。
わたしという実在者と日常的に関わっている人たちや、かつて関わった人たちがこのブログを読んで、その内容が、わたしに関する事実だと勘違いしないようにと念を押しておこう。

  しかし、妄想ではあっても時には物語のように読めたり、あるいは書評にみえるかもしれない。
ブログの読者は、わたしの記事をどのように読んでもらってもかまわない。
夏目漱石やカフカの小説に正しい解釈が存在しないように、好きな様に読んでいただきたい。
ただし、冒頭に述べたように、このブログはわたしの妄想だ。
そのことを、頭の片隅において読んでいただければ、あとは自由に解釈していただいて結構です。

 ところで、妄想と空想の違いとはなんだろうか?
妄想という言葉には何かしら病的な影や、鬱屈したままに現実ではありえない想像をかたくなに保持する響きがある。
それに比べて空想は、決して現実ではありえない(であろう)という認識を、あらかじめ知りつつ思い描く健全な想像行為であり、想像の根拠のなさが特徴かもしれない。
いづれにしても、妄想も空想も、想像(イメージ)のひとつの形態にちがいない。
さらに、幻想と妄想の違いを明確に定義することはできない、と、わたしは勝手にそう思っている。
もちろん、幻想は多くの人に共有される可能性があるが、妄想は自分以外の誰にも理解されることはないだろう。
しかし、幻想も妄想も、信じる者にとっては真実として認識される点では同じだ。

 

  ~ 近くのミスドで、村上春樹の英訳された短篇集の「象の消失」をブツブツと呟きながら読んでいたら、たまたま近くのテーブルに座った二人の上品なご婦人の会話が耳の奥にストンと落ちてきた。
若くて美しい娘のような年代の女性が、わたしが紫婦人と名づけた(紫色のカーディガンを羽織っていたので)女性に「非常識な頼みごと」をして、そのことを紫夫人の年来の友人とおぼしき紅いご婦人(紅いフレームのめがねをかけていたので)に憤りながら話していた。
そして、わたしがトイレから戻ると、二人のご婦人はミスドから立ち去った後だった。
二人の話がわたしの耳朶(じだ)に絡んで、螺旋状に渦巻きながら耳の奥に落ちてくるには、それなりのワケがある。
紫夫人の夫が起こした車の追突事故を、夫は妻(紫夫人)に「追突された」と報告しながら、後になって赤信号で停車待していた夫が車をバックさせて、後ろに停車していた若い女性の車に「逆追突」していたと訂正したのだ。
そのような話が世間によく有るのか無いのかは別にして、若い女性は同じ会社の直属の部下ではないが、社内では役職も(夫は50代後半の営業部長)もキャリアも上の夫が黙って修理代を会社で直接本人に手渡せば事足りたかもしれない。
しかし、被害者の若い女性は、部長から「修理代を家内から直接もらって欲しい」と頼まれたのだ。
紫夫人が、自宅に現れた(これまでに出会ったことのない美しい)若い女性に修理代を手渡した時、その彼女が婦人に何やら「非常識な頼みゴト」をしてきたというのだ。
そして、ついさっきまで、友人と思しき紅いご婦人に向かって、苛立ちながら「非常識な女が非常識な頼みごとをしてきた」と、憤りながらくどいていた。

  わたしの空気頭にヘリウムガスがいきなり充填されて、首から上がゴム風船のようにミスドの喫煙室の天井あたり漂い始め、話しあう二人のご婦人と、小説を読む振りをしながら聞き耳を立てている私自身を見下ろしていたのだが、・・・わたしがトイレから戻ると、ご婦人は消え、妄想のゴム風船も消失していたのだ。

 夫と美しい若い女性が不倫関係にあって、何かを精算するために逆追突事故を夫が敢えて起こしたのか?
これでは、あまりに通俗的すぎて、わたしの妄想癖を刺激しない。
それともこの事故を契機にして、夫が若い女性に近づこうと図った?
この想像は不自然すぎて、わたしを妄想へと導かない。
熟年夫婦の危機を乗り切るために、夫が若い女性を妻に合わせることにより、夫婦の間に存在し始めたクライシス(危機)を払拭しようと意図した・・・?
ある出来事が誰かの妄想になる条件とは、まず出来事の意外性であり、妄想する主体(この場合はわたし)が、ある程度まで体験を共有する、あるいはまた、想像可能な出来事であることが必須条件だ。
少なくとも、わたしの妄想が発動される条件でもある。

  わたしは還暦を過ぎて、これから老人の仲間入りを余儀なくされたとば口に立っている。
もはや中年期は過ぎたが、そうかと言って世間で言う老人(65才以上)でもない。
わたしは、これまで成熟や老成などという言葉とは無縁に生きてきたので、いつでも宙ぶらりんな状態のまま世界を眺めるようにして今日まで来た。
一人娘に孫が三人。やがて孫の成長に押し出されるようにして老いてゆき、そんなに遠くない将来、寒天棒に押し出されるように、寒天のようなわたしの命はニュルリと終わるだろう。
わたしに誇れるものが有るとすれば、それは「妄想力」であり、三人の孫の成長を素直に「喜ぶ力」だ。

  ミスドで仄聞(そくぶん)した二人のご婦人の会話と声のトーンが久しく眠っていたわたしの妄想力を刺激して、「中年クライシス」を連想させたのだが、もちろん確かな根拠などない。
分析心理学者のユングなら、どのような妄想を働かせるのだろう?
日本にユング心理学をひろめた故、河合隼雄なら中年期に不意に訪れるクライシスは成熟への過程へと導く(個性化のプロセス)と、言うかもしれない。
妄想は新たな妄想を呼び込み、まるで物語のように展開していく可能性を秘めている。
暴力が暴力を連鎖させて、戦争に導く引き金となるように、妄想はひょっとして、これまで誰も書くことのできなかった「物語」を生み出す原動力になるかもしれない。

  先ほど幻想と妄想には明確な定義も境界線も無いと書いたが、つい最近、吉本隆明の「共同幻想論」を角川ソフィア文庫で四十数年ぶりに読みなおしたばかりだ。
背表紙には、「国家は共同の幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。もっと名づけようもない形で、習慣や民族や、土俗的信仰がからんで長い年月につくりあげた精神の慣性も、共同の幻想である」と、著作から引用されている。

 若い世代の方には、吉本隆明は、小説家の、よしもとばななの父として認知されているかもしれないが、彼はまごうことなき思想家であり、すぐれた詩人だ。
わたしがまだ高校生の時に出版された「共同幻想論」は、全学連(全国学生自治会連合の略)の活動家たちにバイブルのように読まれたと記憶する。

  文庫本の解説を小説家の中上健次が書いている。
その一部を、332pから引用しよう。

 「1968年、丁度六十年台末、この『共同幻想論』は街頭での一群の人々による暴力の噴出と共に共同幻想としての国家を露出させ、きたるべき事態を予告し、何にも増して国家とは性なのだと予言した。性が対幻想として読まれ共同幻想に転移していくという見ようによっては十全にアジア的(農耕的)なこの書物の出現は歴史的言えばほどなく起こる三島由紀夫の割腹自決と共に六十年代から七十年代初めにかけて最も大きな事件である~
中上健次の解説の副題は「性としての国家」である。

  村上春樹の小説「ノルウェイの森」の時代背景は、さきの中上健次が述べた六十年代末から七十年」の初めだ。
村上春樹の小説の多くが1970年(三島由紀夫の割腹事件が起きた年)代を軸に展開されている。
ここでは、村上作品についての書評をあえて書かないが、「共同幻想論」が出版された当時の熱狂が解説する中上健次の語り口によくあらわれている。
わたしは、中上健次のほとんどの小説を読んだが、代表作の「枯木灘」を含めて彼の作品をあまり評価しない。
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 解説文にも違和感を感じたが、精神分析学の父とも呼ばれるフロイトの説を生半可に理解したのではないのかという危惧を覚えた。
引用文中の「国家とは性なのだ」の文言に対しては大いに疑問を感じるのだが、ここではその詳細な論を述べない。

  話がまた、斬進的に横滑りしたようだ。
ミスドの喫煙室での英訳された村上春樹の「象の消滅」を読む進むうちに、わたしの内に眠っていた妄想発動装置が思いがけず起動されたにちがいない。

  閑散とした喫煙室で、タバコをくゆらせ、さてそろそろ帰ろうかという段になって、3人の若い女性がお盆に大量のドーナツを持って現れ、わたしの斜め前のテーブルに座り込んだ。
立ち上がりざま、また彼女たちの会話が耳に飛び込んできた。
一端、妄想回路が遮断されたわたしの回路が猛烈な勢いで再起動してしまった。

2015-02-14 | Posted in 金沢妄想奇譚No Comments » 

 

優雅な傘

冷え性の私は実家に余っているというホットカーペットを取りに行きました。

晩酌を終えてご機嫌の父が、
『傘やっとるわ』と言ってきました。

父が携わっている和傘の展示会をしいのき迎賓館で開催しているとのことでした。
旧ブログでも書きましたが私の父は表具屋さんです。
掛け軸を作ったり、屏風を作ったり和紙を取り扱う仕事です。

和傘の技術を伝承するために表具屋さんの人達もお勉強をしているそうです。

暴風雨の日でしたが、空き時間があったので久しぶりにしいのき迎賓館にでかけました。

美しいものを観るという行為は人間の心と身体にとても良いことだと改めて感じました。
2/15日曜日まで開催しています。

こんな暴風雨の日にはあのような優雅で美しい和傘はとてもさして歩けませんが、『一本欲しいなあ』と思いました。

みなさまもお時間がありましたらお出かけください。

みくら音楽工房・ボーカル科講師
大場佳恵

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2015-02-13 | Posted in 大場佳恵のブログNo Comments »