講師ブログ
地主会への道【24】
『私はロボットではありません』
と、突然奇妙なスマホの画面が出てきた。
『そうです。私はロボットではありません。人間です』
と、私はスマホに向かって答えた。
スマホを手にして何年が経つのだろう。
私は機械音痴のためなるべくスマホやパソコンには触りたくない。
しかし仕事や日常生活をしていく上でそうも言ってられないので日々、渋々手にする。
まだ春とは呼べない寒い日にスマホで方角を確かめながら彼女と小さな森に出かけた。
気がつくと彼女の姿は見えなくなっていた。
木の色と彼女のコートの色が似ていたからか、彼女は森に溶けていった。
カシャカシャ、パリパリと音がして彼女は私の目の前に戻ってきた。
枯葉や小枝を踏む音が心地よかった。
彼女はいつもより一層穏やかな笑顔になっていた。
森から戻ってきた彼女は一つの曲を美しく、力強く歌いきることができるようになっていた。
スマホの世界から外に出て、
風に吹かれ、土を触り、種を蒔き、
花を愛で、時には雨に少し濡れて、
陽の光で身体と心を温める。
森にはたくさんの音楽が流れている。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【23】
私も彼女も『伝える』という仕事をしている。
言葉では全てが伝わらないということを前提として、それでも言葉を使って伝えようとする。
なぜなら私たちにはそれぞれに伝えたいことがあるからだ。
そこには『齟齬』がたくさん発生してしまう。
伝える側の感情や体調、使う単語の組み合わせと、受け取る側のそれらの条件により生まれる。
齟齬が発生した時に修正する作業はとても手間がかかる。
しかし、齟齬を放置したまま相手と時を過ごすと、とんでもない結果になってしまう。
時として、人を苦しめ、自らも苦しみ、
別れとなる。
どちらかが死に至っては齟齬を修正することができない。
だからこそ歌う者は言葉に対して注意深く観察し、吟味しなければいけない。
もし、一緒に演奏する者との間に齟齬が生じれば修正、訂正する努力をした方が良いだろう。
その作業を苦痛と感じる者は歌うことが難しいと思うのかもしれない。
みくらの講師たちはこの作業が楽しくて深夜まで台所で打ち合わせをする。
この10ヶ月間、彼女と私は共に走り続けた。
お互いの齟齬を修正しながら、どうしたら伝えることができるのか。
みくらの講師やスタッフたちの全面的バックアップを受けながら考え続けた。
その結果、一つの形となって表現することができた。
これを自己実現と呼ばずにはいられない。
心からの感謝と祝福を彼女に贈ろう。
この濃密な時間はまさに言葉にできない。
たがら今、彼女の歌で体感してもらいたい。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【22】
素直な言葉に、真っ直ぐなメロディーと、
シンプルな和音があるだけで十分伝わる思いがある。
彼が今回歌う曲だ。
この曲に書いてあることを世界中の人間が実践できれば私と弦希先生は廃業する。
そして世界中の戦争はなくなるのではないだろうか。
しかし、それが様々な理由でできないためボイストレーナーとして私と弦希先生は今日も働く。
映画に詳しい地主先生と映画好きの弦希先生に年末年始の休みに私が見れるオススメの映画をプレイリストに入れてもらった。
結局溜まった仕事を片付けて映画を見れずに年末年始は通過していった。
彼はどんな映画を見てきたのだろう。
タイパ、コスパとせわしい世の中で、
映画を見る時間や本を読む時間が削られて、
私たちは何を歌うのだろう。
夏の日の夕方、西日が強く差す中で彼と少し話した。
真っ直ぐなメロディーを歌える人だと感じた。
彼ならきっとこの曲をハッピーエンドにしてくれる。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【21】
人の夢の話を聞くことほどつまらないことはない。
と、ある作家が言っていた。
「あら、もったいない」と思った。
そこに創作の種が詰まっているのに。
私は彼女の夢の中に入って、やってみたいことがある。
彼女の腕の手術がしたいのだ。夢の中で医師免許はいらないだろう。
しかし、人様の夢へと侵入して手術をする技を持っていないので、
私は彼女にギターを弾くことをすすめた。
ギターを手にして彼女の歌は良い方向へと変容した。
私の担当する生徒さんが新たにラクジーの夢分析を受けることになった。
「あんた、《魂にメスはいらない》持ってたやろう?あの本、あの子に貸してあげてくれん?」
とラクジーに依頼され、私はレッスンで生徒さんにお貸しすると、
次のレッスン日にすぐに返ってきた。
「もう読んだの?!」
「はい、おもしろかったので一気に読みました!」
生徒さんの顔はイキイキとして輝いていた。
20数年ぶりに読んでみようと思い、パッと本を開くと、
なんと私が最近疑問に思っていたことの答えが書いてあった。
「ミイラとりがミイラになるぐらいのところまでいかないと絶対に治らないと、
ぼくは思います。つまり向こうが溺れている時に、岸から上がれ上がれと叫ぶだけで
助かるんだったら、誰でもできるでしょう。やっぱりこっちも水の中に飛び込まないとね。
しかし、こっちも危ないと思ったら、行かないわけです。
~略~
だから、あまりにも身をいれすぎてこっちが胃潰瘍になったりすることが実際ありますね。」
魂にメスはいらない
河合隼雄 谷川俊太郎
P81、82引用
河合隼雄さんに慰められたと同時に、私とみくらの方向性を確認した。
こんなことが夢分析を始めると頻繁に起こる。
夜に寝て見るたった一つの夢が、その人の人生を大きく変えることが本当にあるのだ。
彼女はギターを弾いた後、どんな夢を見ているのだろう。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【変容したドラム科】
今回の地主会本番は撮影をしてみることにした。
昨年三月までドラム科に長年在籍してくれていた彼に撮影の仕事を依頼した。
こんなに音楽が好きな人がいるのか、と彼に会う度に思う。
彼はみくらをとても愛してくれた。
私はその想いに答えたくて、何か彼とできないかと考えていた。
昨年末に急遽入った仕事に私のアシスタントとして来てもらった。
現場の音響さんはすぐに彼は音楽が大好きな人だということを察知して、色々と仕事を教えてくれた。
『あーいう若い子、見ると嬉しくなるわ』と言ってくれた。
通常、音響さんは自分の仕事を会ったばかりの若い人に任せたりはしない。
それだけ厳しい現場なのだ。
しかし、音響さん自身もギタリストとして、ステージに上がる時間があったため、彼にその時間、照明を任せてくれた。
私はその厚意に驚いたが、彼本人が一番驚いていた。
本番。
ギタリストがマイクを使った際に声が入らなかった。
私は『まずい!』と思い彼の方を見た。
彼はすかさず、逆側に配置していたもう一人の若い音響さんとアイコンタクトをしてすぐに対応した。
私→彼→もう一人の若い音響さん
三人の視線というラインで三角形が会場に描かれた。
私はシビれた。
仕事でシビれる瞬間は体感したものにしか理解してもらえない。
彼となら仕事が一緒にできると確信した瞬間であった。
本番後、三角形を描いた三人と厚い好意を持つ音響兼ギタリストの四人でアーモンドチョコを食べた。
不思議と甘いと感じなかった。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【20】
みくら音楽工房のお隣さんの家にしか咲かない花がある。
毎年五月上旬に咲く青い花。
風に吹かれて種が飛び、みくらの駐車場でたまに咲いてくれる。
とても珍しい形であまり見かけないので、
『先生これ、ちょっともらえる?』と言って花好きの生徒さんは新聞にくるんで持ち帰る。
今まで何人も持ち帰ったのだが、
なぜか咲かないらしい。
お隣の奥さんもご主人も
『そうなんやってー、人にあげても咲かないらしいんやってー』と呟く。
先日、弦希先生のレッスン室の前を通ると、あまりにもステキな歌が聞こえたような気がしたので思わずドアを開けてしまった。
『すごいカッコいい歌きこえてんけど!!!』
突然現れた侵入者に二人とも笑っていた。
彼とは震災後に訪れた能登でのみくら旅で仲良くなった。
みくらの駐車場とお隣さんにしか咲かない青い花の種を持ってまた彼と能登に行きたいと思う。
彼と弦希先生が歌えば能登の地に花が咲くだろう。
散種の時代なのだ。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【19】
彼女の選曲はちょっと変わった形式にて決定した。
ラクジーからのリクエストなのだ。
彼女が歌うこの曲を15年ほど前からラクジーはとても好んでいた。
彼女の声の音色にも似合うし、詩の世界観を体現するのにピッタリだと、滅多に褒めないラクジーが絶賛するのだ。
私もこの詩の世界観が大好きで、学生の時、試験の自由曲に選んだ。
汚い話で食事中の方には申し訳ないが、
みくらリビングに黒カビが発生して大変な騒ぎになった。
奈保美先生、弦希先生、ラクジーに手伝ってもらい、徹底的に排除した。
こんなドロドロの世界に私は生きて来たのか。
なんだかおかしい。
なんなんだ。
何かがおかしい。
私が幼稚園の頃から抱いていた謎をこの曲の詩の背景をラクジーの心理学講座にて知る事により、少しずつ解明されてきた。
私が理解するまでにはまだまだ時間を要する。
そして、みくらの講師たちの協力により、
ドロドロの黒カビは取り去った。
以前、みくらリビングに置いてあったピアノを彼女に譲った。
彼女にピアノという楽器が必要だと思ったからだ。
音楽の全体性を一つで奏でる事ができるという極めて特殊なピアノという楽器。
彼女に弾き歌いをしてもらい、このドロドロの世界を浄化してもらいたい。
今の彼女には十分にその力が備わっている。
私が26歳の時に初めて会った彼女はもういない。
そして、26歳の私ももういない。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【18】
彼女は決断が早い。
潔い歌い方をするので、聞いていて気持ちが良い。
私は決断が遅い。
タラタラしているので、キーも選曲も歌のプランニングも、確定申告も、食べるのも遅い。
仕事と決断の早い弦希先生とホームセンターに行った。
矩尺が欲しくて売り場へ。
私は高級な矩尺と安価な矩尺とかなり迷っていた。
『一年に何回も使うもんじゃないやろ?高級な方の矩尺の方が重いし、大場先生使いにくいやろう』
とのお言葉で決定。
熟考しなければいけない場面で、簡単に考え、簡単な事で時間とお金を浪費するクセが直れば私の歌は別のモノになるだろう。
今回、彼女は
『飾らない、普段着のような歌い方』をテーマにした。
今の彼女に必要な歌い方だと感じたし、
曲にも地主先生のギターにも似合うと思った。
彼女ならどっちの矩尺を買うのだろう。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【17】
少年たちが私のボーカル科にたくさん来てくれていた時期があった。
当たり前なのだが見事に全員、全く性格の違う少年ばかりで、てんやわんやしながらレッスンをしていた。
みくらは個人レッスンなので、まだしも。
学校の先生という職業は大変だと心から思った。
ラクジーは孫を見るように楽しんでいた。
ラクジーは、とある少年に本を授けた。
パウロ・コエーリョのアルケミスト。
20代の頃に私もラクジーに勧められて読んだが、忘れてしまったので地主会後にゆっくりと読んでみようと思う。
本好きの彼女はおそらく読んだことがあるのではないだろうか。
どんなイメージを描き、その曲を歌うのかにより、
音色、音程、音量、質感、雰囲気など全てが変わる。
たくさんの豊富なイメージを出す練習には読書が私には一番あっている。
彼女が抱く今回の曲のイメージを観客の中にいる少年はどのように受け取るのだろう。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【16】
私は彼女と大いに笑った。
写真は異質な者としてコーヒーを飲むラクジー。
五月なのになんだか寒気がするというので、
私の膝掛けとストールをグルグル巻きにした。
黄色だらけの異質な存在として、みくらリビングにて佇む。
彼女は今回の曲をレッスンで練習していると二回ほど大きく感情が揺すぶられた。
一回目は考察して、私なりの解釈を説明してみた。
二回目はそんなことをする必要は無くなっていた。
二人とも言葉を交わすまでもなく、
もう大丈夫だと理解した。
地主会では不思議な事がよく発生する。
何気なく選曲した曲が、本人にとって今、歌い切らなければいけない課題を含んでいることがよくあるのだ。
そこへ、思いもしないアレンジで地主先生がギター伴奏をしてくれたりするので、
不意打ちをくらうのである。
この『不意打ち』ということが、私は歌を歌う上で重要だと思っている。
予め想定され過ぎたことを生演奏でやる意味は無いだろう。
予定調和的な演奏ほど聞いていて眠くなるものはない。
何が起こるかわからない、今、この瞬間を彼女の歌で感じてみたいと思う。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵