2025-04
地主会への道【24】
『私はロボットではありません』
と、突然奇妙なスマホの画面が出てきた。
『そうです。私はロボットではありません。人間です』
と、私はスマホに向かって答えた。
スマホを手にして何年が経つのだろう。
私は機械音痴のためなるべくスマホやパソコンには触りたくない。
しかし仕事や日常生活をしていく上でそうも言ってられないので日々、渋々手にする。
まだ春とは呼べない寒い日にスマホで方角を確かめながら彼女と小さな森に出かけた。
気がつくと彼女の姿は見えなくなっていた。
木の色と彼女のコートの色が似ていたからか、彼女は森に溶けていった。
カシャカシャ、パリパリと音がして彼女は私の目の前に戻ってきた。
枯葉や小枝を踏む音が心地よかった。
彼女はいつもより一層穏やかな笑顔になっていた。
森から戻ってきた彼女は一つの曲を美しく、力強く歌いきることができるようになっていた。
スマホの世界から外に出て、
風に吹かれ、土を触り、種を蒔き、
花を愛で、時には雨に少し濡れて、
陽の光で身体と心を温める。
森にはたくさんの音楽が流れている。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【23】
私も彼女も『伝える』という仕事をしている。
言葉では全てが伝わらないということを前提として、それでも言葉を使って伝えようとする。
なぜなら私たちにはそれぞれに伝えたいことがあるからだ。
そこには『齟齬』がたくさん発生してしまう。
伝える側の感情や体調、使う単語の組み合わせと、受け取る側のそれらの条件により生まれる。
齟齬が発生した時に修正する作業はとても手間がかかる。
しかし、齟齬を放置したまま相手と時を過ごすと、とんでもない結果になってしまう。
時として、人を苦しめ、自らも苦しみ、
別れとなる。
どちらかが死に至っては齟齬を修正することができない。
だからこそ歌う者は言葉に対して注意深く観察し、吟味しなければいけない。
もし、一緒に演奏する者との間に齟齬が生じれば修正、訂正する努力をした方が良いだろう。
その作業を苦痛と感じる者は歌うことが難しいと思うのかもしれない。
みくらの講師たちはこの作業が楽しくて深夜まで台所で打ち合わせをする。
この10ヶ月間、彼女と私は共に走り続けた。
お互いの齟齬を修正しながら、どうしたら伝えることができるのか。
みくらの講師やスタッフたちの全面的バックアップを受けながら考え続けた。
その結果、一つの形となって表現することができた。
これを自己実現と呼ばずにはいられない。
心からの感謝と祝福を彼女に贈ろう。
この濃密な時間はまさに言葉にできない。
たがら今、彼女の歌で体感してもらいたい。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【22】
素直な言葉に、真っ直ぐなメロディーと、
シンプルな和音があるだけで十分伝わる思いがある。
彼が今回歌う曲だ。
この曲に書いてあることを世界中の人間が実践できれば私と弦希先生は廃業する。
そして世界中の戦争はなくなるのではないだろうか。
しかし、それが様々な理由でできないためボイストレーナーとして私と弦希先生は今日も働く。
映画に詳しい地主先生と映画好きの弦希先生に年末年始の休みに私が見れるオススメの映画をプレイリストに入れてもらった。
結局溜まった仕事を片付けて映画を見れずに年末年始は通過していった。
彼はどんな映画を見てきたのだろう。
タイパ、コスパとせわしい世の中で、
映画を見る時間や本を読む時間が削られて、
私たちは何を歌うのだろう。
夏の日の夕方、西日が強く差す中で彼と少し話した。
真っ直ぐなメロディーを歌える人だと感じた。
彼ならきっとこの曲をハッピーエンドにしてくれる。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【21】
人の夢の話を聞くことほどつまらないことはない。
と、ある作家が言っていた。
「あら、もったいない」と思った。
そこに創作の種が詰まっているのに。
私は彼女の夢の中に入って、やってみたいことがある。
彼女の腕の手術がしたいのだ。夢の中で医師免許はいらないだろう。
しかし、人様の夢へと侵入して手術をする技を持っていないので、
私は彼女にギターを弾くことをすすめた。
ギターを手にして彼女の歌は良い方向へと変容した。
私の担当する生徒さんが新たにラクジーの夢分析を受けることになった。
「あんた、《魂にメスはいらない》持ってたやろう?あの本、あの子に貸してあげてくれん?」
とラクジーに依頼され、私はレッスンで生徒さんにお貸しすると、
次のレッスン日にすぐに返ってきた。
「もう読んだの?!」
「はい、おもしろかったので一気に読みました!」
生徒さんの顔はイキイキとして輝いていた。
20数年ぶりに読んでみようと思い、パッと本を開くと、
なんと私が最近疑問に思っていたことの答えが書いてあった。
「ミイラとりがミイラになるぐらいのところまでいかないと絶対に治らないと、
ぼくは思います。つまり向こうが溺れている時に、岸から上がれ上がれと叫ぶだけで
助かるんだったら、誰でもできるでしょう。やっぱりこっちも水の中に飛び込まないとね。
しかし、こっちも危ないと思ったら、行かないわけです。
~略~
だから、あまりにも身をいれすぎてこっちが胃潰瘍になったりすることが実際ありますね。」
魂にメスはいらない
河合隼雄 谷川俊太郎
P81、82引用
河合隼雄さんに慰められたと同時に、私とみくらの方向性を確認した。
こんなことが夢分析を始めると頻繁に起こる。
夜に寝て見るたった一つの夢が、その人の人生を大きく変えることが本当にあるのだ。
彼女はギターを弾いた後、どんな夢を見ているのだろう。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【変容したドラム科】
今回の地主会本番は撮影をしてみることにした。
昨年三月までドラム科に長年在籍してくれていた彼に撮影の仕事を依頼した。
こんなに音楽が好きな人がいるのか、と彼に会う度に思う。
彼はみくらをとても愛してくれた。
私はその想いに答えたくて、何か彼とできないかと考えていた。
昨年末に急遽入った仕事に私のアシスタントとして来てもらった。
現場の音響さんはすぐに彼は音楽が大好きな人だということを察知して、色々と仕事を教えてくれた。
『あーいう若い子、見ると嬉しくなるわ』と言ってくれた。
通常、音響さんは自分の仕事を会ったばかりの若い人に任せたりはしない。
それだけ厳しい現場なのだ。
しかし、音響さん自身もギタリストとして、ステージに上がる時間があったため、彼にその時間、照明を任せてくれた。
私はその厚意に驚いたが、彼本人が一番驚いていた。
本番。
ギタリストがマイクを使った際に声が入らなかった。
私は『まずい!』と思い彼の方を見た。
彼はすかさず、逆側に配置していたもう一人の若い音響さんとアイコンタクトをしてすぐに対応した。
私→彼→もう一人の若い音響さん
三人の視線というラインで三角形が会場に描かれた。
私はシビれた。
仕事でシビれる瞬間は体感したものにしか理解してもらえない。
彼となら仕事が一緒にできると確信した瞬間であった。
本番後、三角形を描いた三人と厚い好意を持つ音響兼ギタリストの四人でアーモンドチョコを食べた。
不思議と甘いと感じなかった。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵
地主会への道【20】
みくら音楽工房のお隣さんの家にしか咲かない花がある。
毎年五月上旬に咲く青い花。
風に吹かれて種が飛び、みくらの駐車場でたまに咲いてくれる。
とても珍しい形であまり見かけないので、
『先生これ、ちょっともらえる?』と言って花好きの生徒さんは新聞にくるんで持ち帰る。
今まで何人も持ち帰ったのだが、
なぜか咲かないらしい。
お隣の奥さんもご主人も
『そうなんやってー、人にあげても咲かないらしいんやってー』と呟く。
先日、弦希先生のレッスン室の前を通ると、あまりにもステキな歌が聞こえたような気がしたので思わずドアを開けてしまった。
『すごいカッコいい歌きこえてんけど!!!』
突然現れた侵入者に二人とも笑っていた。
彼とは震災後に訪れた能登でのみくら旅で仲良くなった。
みくらの駐車場とお隣さんにしか咲かない青い花の種を持ってまた彼と能登に行きたいと思う。
彼と弦希先生が歌えば能登の地に花が咲くだろう。
散種の時代なのだ。

みくら音楽工房
代表 大場佳恵