2026-05
2026地主会への道・17
2026地主会への道・17
一人で踊ることは楽しいことなのかもしれない。
二人で踊ることはさらに楽しいのだろう。
アロマ科の奈保美先生は地主会やみくらのイベントでいつも踊っている。
「なんで、みんな踊らずにいられるの?」と奈保美先生は不思議そうに言う。
いつだったかの、みくらライブで彼が踊っていることがあった。
私はとても驚いた。おもわず彼に質問した。
「なんでこんな難しいステップ、自動的に踊れるの?」
全く踊れない私には衝撃的な光景だったのだ。
リハーサルも一切していない。
「昔、ちょっと流行った頃に踊っていたんですよ!」と彼は教えてくれた。
私は幼い頃から歌うことが好きだったので、踊るという発想がなかった。
そういえば彼は地主会などで他の生徒さんが歌っている時、
リズムに合わせて身体が自然に動いていた。
音を楽しめるようになると自然と身体が動く。
しかし、それが決められた拍数で、決められた動きをして、しかも複数人で合わせなければいけないという制限がかかると、私の身体は一気に不自由になる。
彼の身体の動きを見てみようと思う。
彼が歌う曲の、どの場面でどのような身体の使い方をするのか見させてもらおう。
淡い水色と、さくら色を混ぜるとどんな色になるのだろう。
また色について考える。
今年の地主会は【色】というのが、私にとって一つのキーワードになりそうだ。
スマホに聞いてみた。
ほほー。ラベンダー色になるとのこと。
今回の地主会までに、やはりあの気になっている本を読まなければいけないような気がしてきた。
さぁ、どうする私。
こんな時どうするか。今度、彼に聞いてみよう。

大場佳恵
2026地主会への道・16
2026地主会への道・16
今年の彼女は「3」という数字がキーワードになりそうだ。
彼女はアカペラにて、一人で歌うこともできる人だと思う。
彼女の歌と地主先生のギター伴奏という二人編成で歌うことにも、慣れている。
なぜなら、彼女は地主会最多出演者だからだ。
ひょんなことから今年の地主会で彼女は三人編成で歌うことになった。
彼女に纏わる「3」という数字について調べてみた。
【3は非常に広範囲の文化において最も神聖な数である。
それは最初のピュタゴラス的数であり、しかもそれは男性である。それは1以降の最初の奇数である。~中略~三次元は物理的空間を包含する。3つの因子を持つ数は立体として視覚化され得る。3は神秘的に円と関係している、というのは、円は一本の直線上に位置しない任意の三点を通り描かれ得るからだ。人間の心とは、完全性に関係する3という生来の概念を持つように思える。3は昨日、今日、明日、あるいは過去、現在、未来を表す。3は原級、比較級、最上級を表す。
3は始まり、中間、終わりを表す。
数秘術・数の神秘と魅惑 ジョン・キング 著/好田順治 訳 P96より引用】
みくらリビングにあるラクジーの蔵書は私にとって大変ありがたい。
レッスンで困った時、
「なんか無かったかなぁ?」と探すと、大抵見つかる。
「3」についての記述はまだまだあったが、キリがないので、今の彼女の歌に参考になりそうな部分を集めてみた。
女性である彼女が、3が表す男性性をどのように捉えるか。
三人編成でどのような愛を歌うのか、3をイメージしながら聞いてみたいと思う。

大場佳恵
2026地主会への道・15
2026地主会への道・15
「困ったときのグレー」というのが、最近私と弦希先生の合言葉になりつつある。
みくらラジオのサムネイル作成作業の時に出てくる言葉だ。
私は機械音痴なため、デザインソフトと音声編集ソフトを一人で使いこなせない。
そこで、機械に強い弦希先生に【デザインソフトと音声編集ソフトの使い方レッスン】をしてもらっている。
サムネイルの配色に迷った時、
「オレはグレーに頼りますねー」と弦希先生は教えてくれた。
なるほど、困ったときのグレーか。
白でもない、黒でもない、グレー。
レッスンをしていて、これはどうしようか・・・。という場面が出てくる。
「この場合は白だ」「これは黒だ」とすぐに解決できない時、グレーが役に立つ。
ラクジーはこのような時、
「カッコに入れておく」という表現を夢分析で教えてくれた。
その場ですぐに答えを出さずに、一旦カッコに入れて保留にしておく。すると全く関係のない場面でカッコの中に入る言葉や回答が出てくるのである。
ラクジーにも、弦希先生にも良いことを教えてもらった。
私は二人に教えてもらったことを彼女のレッスンでよく実践する。
彼女が黒の世界から抜け出せない時に、白の世界を提案する。
彼女が白の世界が眩しすぎて困っている時、黒の世界へと一緒に散歩に行かないかと誘う。
彼女がグレーの世界で漂っている時、ピアノを強く弾いて
こっちだよ、と知らせる。
すると彼女は自分の歩く方向性が見えてきた。
もうすぐ彼女は一人で歩き出す。もうすぐだ。
「大場先生、だいぶソフトを早く使えるようになったね!
もうすぐ自立できるよ!!」と弦希先生は言った。
あいつはイイやつだ。

大場佳恵
2026地主会への道・14
2026地主会への道・14
彼女は宇宙人のように見える。
手足が長く、スタイルがよいのだ。
生まれた時代や環境が大幅に違うとこんなにも身体の枠組みは変わるのだろうか。
ご両親から受け継いだものもあるだろう。
年頃の生徒さんに身体のことを話すのはどうかと思うのだが、
身体が楽器というボーカルの特性上、ご容赦願いたい。
最近、母に会うたびに私は本当にこの女性から生まれてきたのだろうか?と考えながら母のことをジーッと見つめる。
私が太ったからだろうか。
母が年を重ねて小柄に見えるのだろうか。
父を見ると「私の父はたぶんこの人なのだろう」と納得する。
顔も話し方も、文字を大きく書くクセも似ている。
彼女と私は共通項が多く、みくら音楽工房に来てくれた当初から、
多くのことについて、お互いのコミュニティの中での共通の立場から「あるある話」をする。
「そうやよねー。わかる、メッチャわかる」
人は共感されると一旦、安心する。安心すると声は出しやすくなる。
彼女は久しぶりに地主会に出演してくれる。
ライフスタイルがめまぐるしい速度で変化していく人生の時期に
時間を確保してくれた。
彼女が初めて地主会に参加してくれた時、地主先生の目の前の席に彼女は座って、待機していた。
音量バランスをみようと、地主先生の元へ行くと
「ちょっと。あの子、見てあげて。異常に緊張してて、見てたらオレまで具合悪くなりそうや」
地主先生の具合が悪くなりそうなほどの緊張というのは、どう考えても歌うのには良くない。
私は彼女に近づいて、「腕、触っていい?」と聞いて、
内関というツボを彼女の呼吸に合わせてゆっくりと押した。
彼女の呼吸に合わせて私のエネルギーをおすそわけする。
誰だって緊張する。人様の前で歌うのだ。
さだまさしさんがテレビで言っていた。
「緊張しないやつは、ダメだ」
「私もそう思います」とテレビの中のさだまさしさんに即答した。
彼女のためにも、他の出演者のみんなのためにも地主会開始前にお客さまも含め、全員で内関を押す時間を設けよう。
経絡・ツボの基本
森英俊 著
P148より

大場佳恵
2026地主会への道・13
2026地主会への道・13
彼女とパン屋で偶然出会った。
キレイな女の人がいる、と眺めていた。
私はキレイな人やカッコいい人を見つけると、しばらく眺めてしまうクセがある。母に似たのだろうか。
「私、この人知ってる?!誰だ?夢の中で会った人か?」
生徒さんだった。声をかけた。
「あー、先生」とお互いを認識した。
いつもとは異なる場所でふいに出会うと、記憶の照合作業が追いつかない。
彼女は声もキレイだ。私には到底発声できない、澄んでいて透明感のある音色を持っている。
食生活と、性格、生き方、考え方、体型、服の趣味を変えてもきっと彼女のような声は出せないと思う。
そんな似ても似つかない私たちだが、車の趣味は似ていた。
彼女が今乗っている車は私が大好きな車種の中の一つだった。
とても意外だった。
このとても意外ということに私は重きを置いてレッスンをする。
他者から投げかけられた自分のイメージを生きている時間が長い人もいる。
仕事などの場面では特に多いのではないだろうか。
自分が感じている自分のイメージと他者から思われている自分のイメージが大きく離れている時に人はストレスを感じる。
歌を歌う時にはどのような自分になってもよい。この自由さが私にとっては心地よい。自由という言葉をどのように解釈するかによって、
共に演奏する楽器の人たちの音も変わってくる。
通常はイメージも音も視覚化できないモノとされる。だとすれば、
イメージも音も具体的に視覚化してみたら、取り扱いがしやすくなるのではないだろうか。
私が感じている彼女のイメージをここに記載すると、観客のみなさんの楽しみを奪ってしまうので、そんな無粋なことはやめておこう。

大場佳恵
2026地主会への道・12
2026地主会への道・12
入れ替わりレッスンが発生している。
「地主先生のギターレッスンで歌のリズム、ここ違うよーって言われて、地主先生に歌のレッスンしてもらいました」
私のボーカルレッスンで彼女はギターの弾き歌いの練習もする。
「なんかこのコードの高い音の弦が鳴ってない気がするんだー」とボイストレーナーの私がいっちょまえにギターの話をする。
彼女はボーカル科と地主先生のギター科と両方のレッスンを受けてくれている。
地主先生が指摘してくれた彼女の歌のリズムについて、私はスルーしていた。他の箇所で気になる子音の発声があったからだ。
一緒に演奏する者どうし、どこが気になっているのかを説明することは重要だと考えている。
「まあ、いっか」と流すのと、丁寧に説明していくのでは、当然曲の仕上がりは違ってくる。
私と彼女との時間。
彼女と地主先生との時間。
私と地主先生との時間。
彼女と地主先生と私の時間。
この時間が長ければ、意思疎通が上手くいくというわけではない。
コミュニケーションの深まりは時間をかけたことに必ずしも比例しない。
しかし時間をかけることにより、相手の言葉の選び方、音楽においてどの項目に重点を置いているか、好き嫌い、など情報を次第に得られる。
その過程において、軋轢も生まれるだろう。
軋轢さえも楽しめることができれば、そのバンドの演奏は人を惹きつけ、魅力あるものになるのではないか。
軋轢を紐解く作業がリハーサルである。
彼女とのリハーサルは楽しみだ。
地主先生に歌のアドバイスをしてもらおう。
私もちゃんとボイストレーナーとして働く。

大場佳恵
2026地主会への道・11
2026地主会への道・11
年齢詐称疑惑を弦希先生と共に考えた。
「彼女の本当の年齢はもっと上なんじゃない?」
もちろん、詐称なんかしようがないのと、詐称するメリットが彼女には全くない。
実際にこの世に生を受けて何年間経過しているのか、ということと、
いわゆる精神年齢というものが乖離しているように私たちには見えるのだ。
地主先生にもそのように見えるようだ。
要するに「早熟」という言葉が適切なのかもしれない。
しかし、ここに落とし穴がある。
大人はここで間違いを起こしやすい。
「早熟」なのは、全体の中のある部分が早熟なのであって、他の部分は年相応だったりする。その年相応な部分を見れた時、私は安心する。
彼女が今回、地主会で歌う曲はまた難曲だ。
私にとっては全ての曲が難曲なのだが。
私は2016年にこの曲をみくらライブというイベントでサポートメンバーとして歌った。
文字通り、朝から晩までこの曲を聞いては覚え、書いては歌詞を覚え、
お経のようにブツブツ唱えて練習したのを思い出す。
地主先生がギターを弾いてくれて。エレキギターだったと思う。
今回はバンド編成ではなく、地主会だ。
十年ぶりにこの曲を練習してみようかと思ったが、やめた。
彼女が歌ってくれるバージョンを聞いて、いろんな感情を楽しもうと思う。
しかし、彼女。本当は何歳の人間なのだろう。
また振り出しに戻る。

大場佳恵
2026地主会への道・10
2026地主会への道・10
ピンク色のシャツを彼女は来てきた。
濃すぎず、淡すぎず、彼女にとても似合う濃さのピンク色だった。
私は色に興味がある。
調べ物をしようと、みくらリビングにあるラクジーの蔵書を漁っていると、
「こんなところに!!!」という本が出てきた。
まずい。非常にまずい。
調べ物をしなければいけなのに、
溜まっているメールの返信をしなければいけないのに、
お茶碗を洗わなければいけないのに、
税理士さんへファイルを提出しなければいけないのに・・・。
こんな時に限って読んでみたい本が、ポコっと出てくる。
私は読みかけの本が積んであるエリアにその本を隠した。
今、読んでしまうと収拾がつかなくなる。
彼女はある日のレッスンで、ピンク色のシャツを着てレッスンで歌った。
前回と全く違う歌になっていたことに私は驚いた。
「何したんですか???別人が歌っているようだけど・・・詩が聞こえてくるんだけど・・・」
と私は尋ねた。
「実は歌詞を読んでみたんです。自分の解釈を入れてみようと思って」と彼女は教えてくれた。
ある人にとっては、どうでもいいような内容の歌詞でも、
ある人の、ある時期にとっては、とても意味のある歌詞というものがある。皆目見当もつかない数の言葉が存在していて、その組み合わせによって歌詞が作られる。
メロディーとハーモニーとリズムで構成される音楽という世界の中で、歌う人はこの三種類に加えて「言葉」というジャンルも担うことになる。
合計四種類を担当して「歌」となるのであれば、歌う人はやはり忙しい。
まるっきり先週とは別人の歌になっていた彼女の顔をふと見ると
シャツのピンク色と同じ色の頬になっていた。
とってもきれいなチークを上手に塗ったような顔をしていた。
歌うことで身体は変わる。身体が変われば歌は変わる。
彼女はこれから更に変容する。
間違いない。

大場佳恵
2026地主会への道・9
2026地主会への道・9
幼いころから「言語」というものに興味があった。
漢字にも興味を持ち始め、夏休みの自由研究で漢字をテーマにしたこともあった。
幼なじみの影響で小学二年生から中学一年生まで書道を習った。
文字を書くことも楽しかった。白い半紙の上に黒い墨で文字を書く。
墨の匂いも、白と黒の二色の中に没入することも好きだった。一人の世界へと入っていけた。
日常の嫌なことからも遠ざかることができた。先生は少し若めのおばあちゃん先生。
学校であった嫌なこと、友達とうまくいかないこと、
算数の時間はお腹が痛くなること。親のこと。
おばあちゃん先生は休憩時間に和菓子とお茶を出して、たくさん私の話を聞いてくれた。
彼女の歌を聞いていると、ふとそんなことを思い出した。
彼女は歌っている時間はその世界へと一気に没入する。普段、何気ない会話をしているときの彼女とはまるで別人のように見える。
周りに他者が一人でも存在すると、人はその場に適しているであろう仮面を選んで被る。
しかし、彼女は歌う時には仮面が剥がれ落ちる。私は仮面が無くなった彼女の顔が好きだ。
とても美しいと思う。
その顔をたまにピアノを弾きながら見させてもらう。
ボイストレーニング的には、口腔の縦と横のサイズや各音域における頭の角度など見させてもらうが、見られていることがわかると彼女は歌の世界から戻ってきてしまう。
「しまった。見ていることがバレてしまった・・・」
邪魔をしないように私もピアノで伴奏することに集中する。
少しずつ信頼関係を作りながら曲を作り上げていく。
こんなことをしているとあっという間に時間は過ぎていく。
算数の時間には考えられない時間感覚だ。
きっと、地主会もあっという間に終わってしまうのだろう。
私は彼女の歌をもっと聞いてみたいと思う。

大場佳恵
2026地主会への道・8
2026地主会への道・8
昨年の年始。仕事初めの日に、ラクジーとみくらリビングで打ち合わせをしていると、私の電話が鳴った。
「ごめん、お問い合わせの電話かもしれないので出るね」とラクジーに伝え電話に出た。
「大場先生ですか?◯◯です。覚えていますか?」
十年以上前にボーカルレッスンを習ってくれていた元生徒さんからの電話だった。
「わぁーお久しぶりです!覚えてます!!」
リビングにいたラクジーも話の様子から誰からの電話かわかったようだ。
ご縁があり、ラクジーも以前、彼のライブを一緒に観に行った。
元生徒さんからの連絡はやはり嬉しい。
覚えてくれていたという事は彼の人生の中で、何かしら私が伝えたことが残っていた、ということだと私は前向きに考えている。
彼の現在の音楽活動の内容を聞いて、相変わらずおもしろい人だなぁと電話をしながら笑った。
みくら音楽工房や私には無いタイプのエネルギーを彼は持っている。
一日の中で人間はいろんなタイプのエネルギーを受け取る。
今からこのエネルギーをどのように自分の中に取り込み、咀嚼して、理解するか。それを自分のエネルギーとどのように反応させて、相手にお返しするのか。
声を聞いて、以前の彼の発声法とは違っていると感じた。
良い方向へと変わっていたので嬉しく思った。
再会とはこういうことなのかもしれない。
再び彼に会う、という意味。
十年という時間はやはり、長いと感じる。
私の十年。彼の十年。お互いに多くの出来事があっただろう。
個人的な出来事もたくさんあったと思うが、社会的には、その間にコロナがあったり、戦争が始まったり、震災があったり、総理大臣が変わったり、物価が変わったり、共通の大きな出来事も経験した。
なにか印象的な出来事が起こった場合に、それをどのように認知して、どのような感情を抱くのか、それを受けて身体はどのような反応を起こすのか。それらが複雑に絡み合って、彼独自の声と歌を作り上げる。
十年前の彼からは今のような歌声は私には聞こえてこなかった。
十年前を否定しているのではない。もしかしたら、彼は十年前も今のような声を出してくれていたのかもしれない。
十年前の未熟な私には聞くことができなかっただけなのかもしれない。
だとしたら、私はやはり彼に感謝したい。
彼のおかげで、私は彼の声を聞き取れる人間になった。

大場佳恵
