おしらせ, 大場佳恵のブログ
2026地主会への道・26
2026地主会への道・26
ある日のレッスンで彼女から質問を受けた。
「自分の解釈で歌っていいんですか?」
私の頭は一回「?」となった。
自分の解釈ではなく一体、誰の解釈で彼女は歌おうとしているのだろう、と疑問に思ったので、彼女に質問してみた。
「誰の解釈で歌おうとしてたの?」
彼女は「原曲を歌っている歌手の解釈です!」と即答してくれた。
私は右斜45度の空中を見つめながらとても驚いた。
私は考え事をする時は右斜45度を眺めるクセがある。
そのような考え方があるのか。
彼女が今回、地主会で歌う曲は彼女が大好きなアーティストの曲である。
曲中に登場する場所の地名などについて彼女は詳しい。
彼女の歌を聞いていて、どこか他人事のように私には聞こえた。
自分事として、一度歌ってみたらどうだろう、と彼女に提案してみた。
歌も絵画も詩も本も、どのように解釈してもよいと私は思っている。
見る人によって感じ方や、解釈は自由だと思う。
それがアートの素晴らしい一面だ。
心が自由になれる。誰の干渉も受けずにその世界へ入っていける。
「このように解釈してください。」という注釈の張り紙が絵画展や音楽ライブの会場にしてあったら人はどう思うのだろうか。
私は、
「ご丁寧にありがとうございます。しかし解釈は私の方で行いますので、お気持ちだけいただきます。」と付箋に書いて、その張り紙の横に貼るだろう。
彼女はきっと大好きなアーティストの書いた歌詞の世界を読んで、歌い、そのアーティストの解釈がどういうものなのか、たくさん思いを巡らせてくれたのだろう。
そのプロセス自体、とても大切な行為だと思う。
私もある程度は原曲を歌うアーティストの解釈などを想像するが、
彼女ほど丁寧にそのプロセスを踏んでこなかった。
自分が考えもつかないことを他者は考える。当たり前なのだが、
なぜそのような思考に至るのかを確認していくと、また新しい視点を他者から受け取ることができる。
地主会を前に彼女から大切なモノを受け取った。
私は彼女の歌を聞きたい。
彼女の歌が聞きたい。

大場佳恵
